忍えもん! 3 その苛立ちって、つまるところの『嫉妬』って意味ですよね? 『やきもち』ってことですよね? でもそれは仲の良い先輩としての、ということかもしれないけどこの際それは―― 「あー、ごめん!俺、なんか変なこと言ったな…」 宍戸はそう言って、顔を両手で隠すと膝に肘をつく。 指の隙間からわずかに見える頬が赤く色づいているのを、鳳は見つけてしまった。 「変じゃないです…!」 「へ?」 「むしろ嬉しいです。俺は、し、宍戸さんが一番好きだからっ…そ、そう思ってもらえるのは…っ」 しどろもどろに言う鳳に、突然、何かが衝突してくる。 その衝撃にふらつきながらも、胸に抱きついたものを見て、鳳は瞬時に身体を硬直させた。 宍戸は耳まで真っ赤にして、それを隠すように鳳の胸に顔を押し付けている。 まるでそれが移ったように、みるみる鳳も身体が熱くなっていった。 「し、しど…さん…?」 本当に小さな声で鳳が問うと、宍戸はハッとしたように鳳から離れた。 「あっ、ご、ごめん!俺、勘違い…」 「かか、勘違いじゃないですよ!」 今度は鳳が慌てて宍戸を引きよせる。 その時、肩にかけていた鞄がドサッと床に落ちてしまった。何か散らばったような音もしたが、鳳は構わず宍戸を抱きしめた。 「宍戸さん…ずっと好きでした。抱きしめてくれたってことは、宍戸さんも同じ気持ち…なんですよね…?」 少し身を屈め、顔を覗き込むように鳳が尋ねると、宍戸の頬がまた赤くなったような気がした。 「長太郎、えっと…あ、かっ、鞄落ちたぞ!」 「え」 宍戸はトンと鳳の胸を押して、逃げるように鞄を拾う。 鳳は返事をもらえず寂しく思うも、照れる宍戸に対し、可愛いと思う気持ちが増していく。 鳳は迷った末、ひとまず告白の返事を諦めて、宍戸の隣に屈み込んだ。 「すみません、今拾います」 鳳は床の鞄を拾い上げたが、宍戸はなぜかしゃがみこんだまま動きが停止している。 「……」 「…宍戸さん?」 声を掛けると、宍戸はゆっくりと鳳を見た。 「……長太郎……これはなんだ……」 「え?……あっ!!」 宍戸の手に、見覚えのあるラブホテルの宿泊券とローターがある。さきほど、結局断り切れず、忍足に押し付けられてしまったのだ。 鳳は慌てて鞄の中身を確認したが、どうやら落とした時に飛び出してしまったようだった。 これではまるで、忍足の思惑通り、告白してホテルへ誘う段取りを鳳が企んでいたかのように見えるだろう。 「しっ、ししし、宍戸さん!あの、これはそのっ…――イタッ!」 「バカ!ちゅ、中学生がなんつーもの持ってるんだよ!預かっとくかんな!!」 「は、はいっ…ごめんなさ……え?」 預かっておく? どうやら告白して即振られるという最悪の事態は免れたようだ。 しかし安心してる場合ではない。なんと言い訳したものか。 「宍戸さん、変なもの見せて…本当にごめんなさい!あの、これはその…」 「分かってるよ!」 「…え…?」 「…けど…まだ早いだろ…」 「………あ………はい………」 その後、鳳と宍戸は人気のない道路で少しだけ手を繋いで帰った。 * 「ただいまぁ〜」 幸福感に浸りながら帰宅した鳳がリビングに顔を出すと、母親が慌てたように立ちあがった。 「あら長太郎、おかえりなさい。やだわ、晩御飯もうちょっと待ってくれる?」 「うん、いいけど。どうかしたの?」 「侑士君が『今日は長太郎は宍戸先輩の家に泊まるらしい』って言うから、おかず食べちゃったのよ」 鳳はふと忍足がコロッケがどうのと言っていた話を思い出し、グッと拳に力が入った。 「…ああ、それ、忍足先輩の勘違いだよ」 「そうだったの?ごめんなさいね」 「ううん。着がえてくるね」 そっとリビングの扉を閉めて駆け足で階段を上った鳳は、壊してしまいそうな勢いで部屋の押し入れを開けた。 そして、中でのんびりいやらしい表紙の漫画を読んでいた忍足に向かって、今日一日の鬱憤と、忍足がやって来てからの一週間分の不信感を罵声にして浴びせたのだった。 End. 前 次 Text | Top |