碧(みどり)の月 「……いたっ」 なんとなく、歯を立ててしまった。 「あ、ごめんなさい」 啄むように何度もキスをして、見つめ合い、またキスを繰り返す。 それから宍戸のうなじに移ってキスをしていると、鳳はふいに噛みつきたい気分に駆られ遠慮なく思いきり噛んでしまった。 「……急になんだよ」 「すいません。意味は特に無い、です」 宍戸はほんのり赤く染まった頬で顰め面を作って鳳から視線を外した。 「お前がんなことするから」 そう言って少し躊躇した後、再び鳳に視線を戻し薄く唇を開いた。 「あ。……牙、出てる……」 吸血鬼の性なのだろう。 恋人に首元を噛まれ吸血行為を連想してしまった。 理性で抑えようとしても身体は本能に弱く、鋭い歯を剥き出しにする。 「ったくよぉ。何考えてんだ、長太郎」 「わかんないです」 「……はぁ。もう俺帰るわ」 「えっ」 「ここにいてもしょうがねぇし」 このまま鳳といれば確実に咬みついてしまう。 鳳を傷つけることはしたくない。 けれど相反して吸血鬼の本能は牙を剥こうとする。 こうなってしまえば鳳から離れるのが手っ取り早い。 傷つけなくて、済むから。 「嫌です、帰らないで。…今日は久しぶりに泊まっていけるって言ったじゃないですか」 鳳は床に着いた宍戸の手にそっと手を重ねた。 「…………ワガママ」 「さっきのは、あれです……ええと、宍戸さんのうなじにキスしてたら、宍戸さんの匂いがして、肌のあったかい感触が伝わってきて、溜息が耳元に聞こえて、それで」 噛んじゃいました。 悪びれもせず鳳は言いきった。 むしろ嬉しそうなくらいに。 「こういうことだったんだなあって」 「何が?」 「…………おなじきもち、でしょ?」 「あ?」 「宍戸さんが俺に咬みつきたくなる気持ちって、こうだったんだなあ、て」 鳳は花の咲くような笑顔を零した。 「………」 「ねえ、咬まないの?」 「………」 「じゃあ俺が咬もうかな」 「バカ野郎。人がせっかく我慢してんのにそっちから寄ってくる獲物がいるか」 宍戸が話している間にも鳳は迫ってくる。 腰に手を回し、うなじに顔を近づけた。そして。 「……くすぐってえよ、長太郎」 先ほどとは全く違う甘く優しい歯の感触。 宍戸のうなじを甘噛みする鳳はくすくすと笑っているようだ。 「好き。好きだよ、宍戸さん」 「おまえ……なんで許すんだよ」 (傷つけて、愛して。こんなの歪んでるだろうけど、) 宍戸は苦しさと嬉しさが混ざり合った声を漏らした。 「好きです」 (好きなんだよ、長太郎) 宍戸は目の前に覗く白い肌しか見えなくなりシャツの襟を掴みあげた。 End. 前 次 Text | Top |