あまい牙 2 ああ、でも。 なんだろう、この感覚は。 身体が熱い。 痛いせいか苦しくて浅い呼吸しか出来ない。 汗が滲んで、息がどんどん上がってくる。テニスをしているわけでもないのに。 咬みつかれたうなじは断続的に続く激痛に慣れてしまったように痺れている。 首筋だけに神経を残して、全身が麻痺してしまったようだ。 脚に力が入らない。 立っていられなくなって長太郎にしがみついた。 俺の手が背中に縋りつくと長太郎はびくりと体をすくませたが、焼けるように熱い手で腰を支えてきた。 瞬間、身体の芯がひどく疼いた。 血を啜られて舌が這ううなじも息が止まるくらいに粟立つ。 痛覚が鈍ってしまったのか傷を舐められても逆にもどかしい。 もう、早くしてくれ。 どうにかして欲しい。 「はあ……長太郎……くるし………」 「宍戸さん」 弱音を吐いてしまいそうで固く閉じていた口も、とうとう喘ぎが漏れていく。 時折、首筋がずくりと疼く。 「やめろ、て……もう」 「宍戸さん、もう少しだけ」 「も、やだ……」 涙は我慢できてるんだろうか。 もうわからない。 自分が浅ましくて怖い。 痛かったはずなのに、苦しくて辛かったはずなのに。 俺は足りないなんて感じてる。 「長、太郎」 「宍戸さん、好きだよ」 「……はぁ…いてぇ」 「貴方の血も、熱くて、甘いね」 「いた、い……」 本当はもう痛みなんて無い。なのに今の自分の状態を認めきれていないから、反対の事を言ってしまう。 けれど、無性に感じているこの感覚をどうにか長太郎に訴えたくて掠れた声を絞り出した。 「宍戸さんから伝わってくるから。全身が熱くて甘くなるくらい、俺のこと好きなんだって」 長太郎の言葉が頭に入らない。 何も考えてらんねぇよ。 おまえが好きすぎて。 おまえが触れた所だけ意識が届いてるんだ。 他は見えなくなって、 聞こえなくなって、 何も感じない。 「俺以外に咬ませたくない」 「あ…あ…長太郎……もう、」 我慢できない。 意識がどこか高くへ駆け上がっていく。 俺はこんな感覚なんて知らない。 でも、これはもう。 いつからすり替わってしまったのか。 痛みは消えて、ただ快楽だけに溺れてる。 こんな、許されないことをしているのに、助けて欲しくはない。 このまま沈んでいきたいんだ。 誰になんと思われようが、長太郎と一緒に沈んでいきたい。 「宍戸さん」 崩れた俺を抱きかかえた長太郎が、ぼやけた視界に映る。 ふと見ると長太郎のシャツの襟が赤く汚れていた。 俺のも、血が着いてんのかな。 定まらない思考で、ただぼうっとそんなことを考えた。 長太郎は意識が朦朧としている俺にそっと顔を近づけた。 俺はそのまま焦点が合っているのかどうかも分からない目で、静かにその顔を見つめ続けた。 キス、されるような気がした。 でも触れるか触れないかのところで長太郎は顔を逸らしてしまった。 その唇は赤く濡れている。 長太郎は顔を上げると薄く口を開けて、何か言いたそうに俺を見た。 けれど、結局は何も語らずに閉ざされてしまった。 漂白されたような白い肌と、白かった牙。 深紅の血にまみれた唇が、どうしようもなく遠いコントラストを描いていた。 End. 前 次 Text | Top |