◇パラレル | ナノ



あまい牙 1


※吸血行為有
冒頭から注意













「……長、太郎……」


いたい、いたいいたいいたい。


皮膚が破られた音がした。
あれだけ覚悟した痛みも所詮、想像でしかない。

針じゃない。
棘じゃない。
これは、牙。

突き立てられて走った刺激は刺さるというより穴が空くかのようだった。



「………ん、……」

首筋からそっと牙が引き抜かれた。
長太郎は赤い液体を飲み下すのに夢中で、俺が痛みに震えているのにも気付かない。
ごくりと喉を鳴らして、じわりじわりと血を奪ってゆく。
返事は返ってこない。
俺が必死に呼んだ名前もその耳には届いていないようだった。
今の長太郎は長太郎じゃないみたいだ。
俺の知らない、人の形をした獣になってしまったのか。

それでも。

俺はおまえの先輩なんだぞ。
俺のことが好きなんだろ。
痛がって苦しんでること、気づけよ。
それで、いつもみたいに、大丈夫ですかって心配しろよ。
そうすんのが長太郎だろ。
それが俺の知ってる長太郎だろ?


目を開けたら涙がこぼれそうだ。
でもそんなのは自分でこの痛みを覚悟したくせに、情けないから出来なくて。
堅く目を瞑る。
我慢した結果、手や肩が小さな痙攣を起こした。

―――さっきの長太郎の言葉を思い出す。


『痛みを感じるのは最初咬んだとき、一瞬だけです』


どこが一瞬だよ。痛くて痛くて、死んじまいそうだよ。
それに血を抜かれる感覚もすげぇ気持ち悪い。

ずるずると血の気が引いてきて身体に力が入らなくなってきた。
それでも痛みのせいで強張って力んでしまう。
認めたくなんかない。
こわい、なんて。

恐怖も飲み込んで「いい」と返事したのだから。









「咬んでも、いいぜ」
「え……」

俺の首筋を這っていた生温かい感触が動きを止め離れていく。
長太郎は俺の目をじっと見つめて言った。

「いいの?宍戸さん」

その色素の薄い瞳は本能に抗えずに眼光を鋭くしていたが、欠片ほどの理性で耐えた表情は苦悶に歪み眉をしかめて苦しげだ。
今までそんな顔で耐えていたのかよ。

言ってしまえば、あいつは「狩る側」で俺は「狩られる側」なんだ。
だから罪悪感なんて感じる必要も無い。身体を傷つけて血を与えるのは俺なんだから。
なのに俺がそんな顔をさせていたのかと思ってしまう。
俺が、あいつの顔を歪ませていたのか。

でもその顔を見ていたくて、我慢させてきたのは、俺。
そこに誰にでもない優越感を感じていた。
こいつが欲しがってるのは俺だけなんだ。他の何にも見向きもしないで、俺しか目に入ってないんだ。長太郎の好きという気持ちすべてが俺だけに向けられたものなんだ。
そう思うと、覗く白い牙も愛しくなった。

「いいぜ、長太郎」
「宍戸さん……」

長太郎は沈黙の後、ぎゅっと俺を抱きしめた。
少しの間そのままで何か覚悟を決めているようだった。

「宍戸さん、好きです」
「ああ」
「ただ、宍戸さんが好きなだけなんです。……こんな卑しい俺を許して」
「とっくに許してる」

そう伝えると長太郎はますます辛い表情をした。

「宍戸さんは分かってない。俺は本当に、酷いことをするから」
「俺を咬むんだろ」
「ごめんなさい」
「なんだよ。さっきはあんなに強気だったってのに」
「嫌いにならないで」
「ならねぇ」
「ごめんね」

尚も言い訳がましい事を続ける長太郎に俺はイライラした。

「いいから、早くしろ」

もう、何が起きようと俺の気持ちは決まってんだ。

「………力、抜いて」

言われて、大きく深呼吸した。

(俺を信じてねぇのかよ)

「……ふ、……」

尖った刺激がうなじに刺さる。

(俺は、おまえを信じてる)

「……っう、あ!」

(どんなことをされても)


ふかくふかく、咬みついた。




そうだ。
そんな醜い感情をひた隠しにして長太郎を縛ってきたから、こんなに痛く突き刺さるんだ。





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