とらわれるひと 2 「やめろよ。ダメだっつってんだろ……おい、」 ふいに濡れた柔らかい感触が動脈を這う。 「……っ」 ぞくりと全身が強ばって、息が詰まった。 鎖骨から顎までなぞりあげると、長太郎は舌を離して言った。 「舐めるだけ、です」 牙は決して当たらないように、慎重に、丁寧に伝う舌。 「…誰が舐めていいって言ったよ?」 「じゃあ、暴れて抵抗してもいいですよ」 「生意気。ムカつく」 腕力の差は歴然。 けれど俺が本気で抵抗しないことも知ってる。 顔は見えないけど、きっと笑ってるんだ、こいつ。 それに腹が立つ気持ちも湧いてきたが、俺はむしろ長太郎に会話する余裕があることに感心していた。 長太郎は今、欲望と理性が拮抗した中で必死に両方のバランスを保っている。 それでも生意気な口をきく余裕はあるのか、と思ったのだ。 「は……、咬みたい……」 長太郎の熱い息が首筋を掠める。 最初のうちは理性で吸血衝動を抑え込もうとしていた。 しかし、均衡を保つ感覚を掴んだのか。近ごろでは理性と欲と両方を維持して自分を満たそうとしている。 それはもちろん細いロープを渡るようなもので、何かのきっかけでいつ崩れるか分からない不安定な状態だ。 ……それなのに、俺は。 「ねえ、……咬みつきたいよ、宍戸さん」 こんなふうに首を曝して。 本気で暴れて抵抗することもなく。 長太郎が俺の首に埋めていた顔をあげた。 やわらかな銀髪と琥珀色の瞳、彫刻のように整った顔に女の子が「王子様」だと騒ぐ。 跡部ほどではなくとも相手など選り取り見取りにモテているのだ。 それなのに俺だけを求める長太郎。 「……傷つけたい訳じゃないよ。でも、宍戸さんの血が見たい。欲しくて堪らない」 俺は今、きっと冷静じゃない。 いままで何度も急場を凌いできた努力を忘れきって、おかしなことを考えて始めている。 吸血鬼の力、とか。 何度も熱っぽく囁かれたからとか。 こいつがそう言うのならそうしてやっても構わないような気になってくる。 「宍戸さん……」 もう一度せがまれたら、きっとダメだなんて言えない。 言ってしまいそうだ。 「……宍戸さん、……」 早く言えよ。 俺だって限界なんだ。 言ってやるから。 いいぜ、長太郎。 End. 前 次 Text | Top |