◇パラレル | ナノ



とらわれるひと 1


「……宍戸さん…………咬みたい、です……」

口許から覗いた小さな牙。
溢れ出す衝動と抑制に揺れる瞳。
焦った表情。
ああ、またかよ。

「長太郎」
「すいません……宍戸さんのこと見てたら、歯が勝手に」
鋭く尖って、血を吸いたい欲求に駆られて、だろ。
「だめだ」
「……痛くないようにしますから、出来るだけ。お願いします」

許しを請う口調だけど行動が違うだろ。
なんでお前の手は俺の身体をロッカーに押し付けてるんだよ。

ついさっきまで普通にしていたのに。



部活が終わり、レギュラーの面々は制服に着替えつつ談笑していた。
手早く着替えた日吉が帰り、忍足がジローと向日を連れ出て行った。日誌を書き終えた跡部と樺地が去り、足音が部室から遠のいたと思ったらいきなり手首を掴まれた。
強い力で身動きを封じられて驚き、長太郎の方を振り返ると――そこにはいつもの穏やかな笑顔はなかった。
いつも素直で、従順な後輩。そんな顔は跡形もなく消え去っていた。
代わりに視界に映ったのは、辛そうに歪んだ顔と焼けるような掌の温度。



お互いに着替え途中でだらしない恰好のままだ。
自分はネクタイを首に下げて、ベルトもきちんと締めていない状態。
ワイシャツのボタンを全開にしたままの長太郎のうなじに、拭い忘れた汗が光った。
――こんなことも、これでもう何度目か。
二人きりになると長太郎はいつも「咬ませて」と迫ってくる。
もともとの体格差もあるし、吸血鬼という種族だからなのか、長太郎にはいくら抗ったところで力では敵わない。
毎回このように押さえ付けられ、自由を奪われて懇願される。

「やめろ」

脅迫じみた状況の中、口で制止するしか手は無かった。
長太郎は後輩という立場もあってか、俺が言ったことは忠実に守り、従う。
なのでたったそれだけのことでも効果はあった。
長太郎は少し手の力を抜いて、詰められた距離を空けた。

「宍戸さん、いつも言っていますけど言います。痛みを感じるのは最初咬んだとき、一瞬だけです。咬み跡も一週間程度で消えます。……ですから、」

さっきから歯切れの悪い言い方しやがって。
おい、襟元くつろげるな。

「咬ませて……?宍戸さんが、欲しい……」

そう言って首筋に顔を埋めた。





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