とらわれるひと 1 「……宍戸さん…………咬みたい、です……」 口許から覗いた小さな牙。 溢れ出す衝動と抑制に揺れる瞳。 焦った表情。 ああ、またかよ。 「長太郎」 「すいません……宍戸さんのこと見てたら、歯が勝手に」 鋭く尖って、血を吸いたい欲求に駆られて、だろ。 「だめだ」 「……痛くないようにしますから、出来るだけ。お願いします」 許しを請う口調だけど行動が違うだろ。 なんでお前の手は俺の身体をロッカーに押し付けてるんだよ。 ついさっきまで普通にしていたのに。 部活が終わり、レギュラーの面々は制服に着替えつつ談笑していた。 手早く着替えた日吉が帰り、忍足がジローと向日を連れ出て行った。日誌を書き終えた跡部と樺地が去り、足音が部室から遠のいたと思ったらいきなり手首を掴まれた。 強い力で身動きを封じられて驚き、長太郎の方を振り返ると――そこにはいつもの穏やかな笑顔はなかった。 いつも素直で、従順な後輩。そんな顔は跡形もなく消え去っていた。 代わりに視界に映ったのは、辛そうに歪んだ顔と焼けるような掌の温度。 お互いに着替え途中でだらしない恰好のままだ。 自分はネクタイを首に下げて、ベルトもきちんと締めていない状態。 ワイシャツのボタンを全開にしたままの長太郎のうなじに、拭い忘れた汗が光った。 ――こんなことも、これでもう何度目か。 二人きりになると長太郎はいつも「咬ませて」と迫ってくる。 もともとの体格差もあるし、吸血鬼という種族だからなのか、長太郎にはいくら抗ったところで力では敵わない。 毎回このように押さえ付けられ、自由を奪われて懇願される。 「やめろ」 脅迫じみた状況の中、口で制止するしか手は無かった。 長太郎は後輩という立場もあってか、俺が言ったことは忠実に守り、従う。 なのでたったそれだけのことでも効果はあった。 長太郎は少し手の力を抜いて、詰められた距離を空けた。 「宍戸さん、いつも言っていますけど言います。痛みを感じるのは最初咬んだとき、一瞬だけです。咬み跡も一週間程度で消えます。……ですから、」 さっきから歯切れの悪い言い方しやがって。 おい、襟元くつろげるな。 「咬ませて……?宍戸さんが、欲しい……」 そう言って首筋に顔を埋めた。 前 次 Text | Top |