◇パラレル | ナノ



unknown 7


「あーあ。変な奴に惚れちまったな」

亮が諦めたように話し出した。

「俺、普通に嫁さんもらって、子供出来て、じいちゃんになって死ぬんだろうなぁとかそんなこと考えてたのによ。どうしてくれんの?」

鳳はその言葉を耳に入れつつも、いつものように振舞うことが出来なくなっていた。

「どう、しましょうか」

やっとのことで声を絞り出す。

「おまえさ、いつまでも宿なんかいないで俺んち来い。俺が働いてる間、家事してろよ」

彼の中では自分との未来が続いて、思い描くことが出来る。
しかし、自分に見えるのはどこまでも続く黒い闇。

「……俺、奥さん?」

振りきれなくて飲み込まれていく。

「いーじゃん、長太郎に似合ってるぜ。たまにどこか出掛けて写真撮ったりしてさ。楽しそうじゃねぇ?そういうの」

どんなに足掻いても、どうにもならないこと。

「幸せそうだ……いいなぁ」

亮が気づかないように、声だけは明るく。


でも笑顔までは作れないから、あなたの顔は見れません。


「おし、決まりな。あ、それ現像いつ出す?」

ウキウキして嬉しそうな亮。

「…明日」

幸せな顔、しているんでしょう?

「すげー楽しみ。それ見たらおまえのこと少しは分かるかもなぁ。……もっと惚れるかも……なんてな、はは」
「亮さん、好きだよ」
「おう」
「亮さんが好き」
「分かったって…明日聞くから…もう、眠たい……」

亮はのろのろと椅子から立ち上がると、布団にうつ伏せた。
鳳はそこへかしずいてその頭を優しく撫ぜた。

「おやすみなさい」
「ん…やすみ」






眠り落ちた彼のこめかみに小さな機械を近づける。
赤い光線を脳へ向けて照射すれば、一秒も要さず鳳の記憶が消えてなくなる。

鳳はそのスイッチに触れた。


「亮さん、さようなら」


彼は何も知らないまま、命を終える。
そして写真だけがふたりの一瞬を刻んで止まる。
このあと鳳は長い時間を悠々と飛び越え、それを目にするのだ。

なんて残酷なことだろう。

「愛してる」













「おつかれ、鳳君。もう出勤だっけ?」
「あ、滝チーフお疲れ様です」

再びタイムスリップして未来へと戻ってから数日が経っていた。

鳳はあの写真が保管されている一室へ向かう途中でばったり上司に会った。

「いえ、今日は…あの写真が気になったんで登社してしまいました」

滝は鳳の隣を歩いて、同じく保管室へと向かった。
彼は美術品の修復作業を担う研究室の者だ。あの写真も担当しており、ちょうど戻るところだったのだろう。

「初めて全般的に任された仕事だったもんね。疲れただろう、時間旅行は」
「ええ、まぁ」

身体の疲れはとっくに回復している。
だが彼のことを忘れられず、今も喪失感で一杯だった。
頭の中では常に亮の記憶が溢れている。

出会った瞬間。
長太郎、と初めて名前を呼んでくれたとき。
仕事からあがって鳳を見つけた時の亮の呆れたような顔。
酒を飲んで語り合った日々。
肌を重ねた夜。

亮から自分の記憶を消した、最後の朝。


鳳の気持ちは二、三日で癒えるほど簡単なものではなかった。

「部長達が君のこと優秀な人材だって褒めてたよ?やるねー」
「ありがたいお言葉です」

鳳は作り笑顔で頭を下げた。

あの夜、亮と別れてからなんの感情も生まれない。
涙も枯れて、でてはこない。

「ほら、結果はすべて君が優秀だと答えを出してる。ごらんよ、例の人物…いや、”亮”の写真、か」

滝は保管室に入ると白い手袋をはめた。
黒い布を捲り、小さなガラスケースを鳳の目の前に差し出す。
同じように白い手袋をはめ、鳳はそれを手に取った。

もう二度と触れることが出来ないのなら見たくない。
そうは思っても、喪失感を埋めるかのように鳳の手は自然とそれを求める。

瞬間、くすんでいた視界に眩しいほどの彼が映る。

あの瞬間の亮だ。
鳳に微笑んで、幸せに包まれた亮。


ああ、でも。

信じられない。






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