unknown 6 「寒い」 「俺が温めてあげますよ」 鳳は亮を抱きこもうとしたが、やんわりと拒否された。 「おまえが風邪引くだろ。着物着るからどけよ」 「……ちぇ」 駄々っ子のように不満がってみせたが、本当に、せめてもう少しだけそばにいて欲しいと切に願っていた。 どうしようもないくらい、彼が愛しい。 布団からでた亮の身体が薄暗い闇に浮かび上がる。 羽織った着物に巻き込んだ長い髪を梳き出して襟を正す。 合わせた着物を几帳面に紐で締める。 帯をシュッと鳴らしながら巻くと、彼は完成され「亮」になった。 そしてそのまま、どかっと椅子に腰かけた。 「見てんじゃねぇよ、バカ」 「綺麗です」 裸のままの鳳に亮は溜め息をついた。 「クサいこと言ってんな。服着ろよ」 「はぁい」 放り出してあった服を掻き集めて着込むと、鳳はカメラの三脚の前に出してあった椅子に座った。 なんとなくその三脚を弄りながら俯く。 もうすぐ夜明けだ。 陽が昇り、朝が訪れ、街はいつもの日常が流れ始める。 何万光年も先で息づく太陽が放つ光は清々しいのだろう。 空気を暖めて、花を咲かせて、肌を焼いて。 繰り返し、命が満ちる朝。 それなのに、自分と彼には切ないだけだ。 もう朝など来ないで欲しい。 この夜を永遠にしたい。 でも、それは。 亮に似合わない。 「外、白けてきましたね」 「ん……」 もう亮も自分も服を着てしまって、夜は刻一刻と明けようとしている。 寝乱れたままのシーツの皺が哀しい。 もう二度と繰り返すことのできない時間が終わろうとしているのに、それを知らない亮がもどかしかった。 ちゃんと返事して。 外なんか見てないで俺を見てよ。 もっとそばにいて。 もっとずっと、一緒にいて。 笑って、笑顔を見せて。 「……俺はさ、今大変な時代だけど精一杯生きてんのが大事だと思ってる。金なんか無くても大切に思う奴がいればいいんだよな。そういうのが俺の中での一番。……おまえと会えたのも、そんなふうに感じてる」 そう言って、亮は幸せそうに微笑んだ。 薄暗い明け方の室内にぼんやり灯る電灯。 椅子に横掛けて頬杖をつき、鳳を見つめて柔らかに微笑んでいる亮。 着物を羽織り、流れるような美しい黒髪を胸元まで降ろしている。 その輪郭は空気に霞み、切れ長の瞳がくっきりと映る。 美しく妖艶で、幸福感があり、愛情に溢れている微笑み。 鳳は無意識に握りしめていたシャッターに気がつき、それを押した。 「おまえ……まだ写真家のつもりかよ」 フラッシュの眩しさに亮はしばし呆然としていたが、我に返るとムッとして言った。 「さっき許可してくれたでしょう」 「なんか生意気なの」 「怒った顔も好きです」 「バカ野郎」 やはりシャッターを押したのは自分だった。 もう鳳がいる意味も無い。 これで、お終い。 前 次 Text | Top |