◇パラレル | ナノ



unknown 5



「え……」
「亮っていう名だ。……そう呼んでくれ」

ぐるぐると回り続ける思考を頭の隅に残したまま、鳳はその響きを反芻した。
りょう。
彼は、亮というのか。
ようやく分かった。

「どんなに聞いても教えてくれなかったのに」
「おまえが本当のこと言ったから……だから」

亮と名乗った青年は、鳳が触れたままの右手にそっと自分の手を重ねた。

「呼んでくれよ、なぁ。長太郎」

「………亮、さん……」

大きな感情が押し寄せてきて流されてしまいそうだった。
彼の名を呼んだ途端、今まで自分の中にあった焦燥感や苦しみすべてが理解できた。


「好きです」


この気持ちを言葉にするなら、そうなんだ。

あなたが、亮さんが、好き。

「おまえの声、もっと聴きたいよ」
「亮さん」

亮は鳳の肩に顔をうずめ、そのまま小さな声で告げた。

「俺、酔ってるけど……本気だぜ?」

少しいたずらっぽい笑みを含みながら言う。
その言葉を耳にした鳳はたまらなくなって、亮を掻き抱いた。

「好きです。あなたが好きなんです。俺は、亮さん以外のことなんてどうでもいいよ」
「……長太郎」

分かっている。
この感情はすぐに死んでしまう。

自分は未来の人間で、彼は過去を生きなければならない。
今こうしていることも許されないことなのだろうし、それを覆すことは誰にも出来ないことだ。
なにも止めるものが無いのなら、この刹那にありったけの気持ちを吐き出すしかない。
それが許されることでも、許されないことでも。
精一杯、足掻けるだけ。

「俺は亮さんを忘れないから。名前も、笑顔も、なにもかも」
「忘れさせるかよ」

そう言うと亮は鳳の唇に荒々しく噛みついた。
深い口づけに変わっても、まだ足りないというように舌が絡み付く。
鳳は熱くなった。
ぴたりと密着する亮の身体が熱いのか、自分の身体の熱なのか、もう分からない。
お互いの温度が高まりながら、混ざりあっているようだ。

息が苦しくなったのか、鳳の肩を掴む亮の手に力が籠り、二人は一度離れた。

「好きです」

鳳は亮に言葉を紡ぐことで残された短い時間すべて愛を注ごうと思った。
しかし亮はその言葉を遮るように唇に触れた。

「忘れないんだろ?……なにもかも」

そう言って鳳の肩に片腕を回したまま、もう片方の手で帯をするりと解いた。
はだけた胸元が浅く上下している。

「亮さん……」
「……もっと、名前呼べよ」
「亮さん。あなたにも、忘れさせたりしないから」









「長太郎。好きだぜ」

鳳の腕の中で亮が唐突に言った。

「え、あ、うれしいです、……ありがとうございます。……ええ?どうしたんですか、急に」

鳳は急に素直なことを言い出した亮に不意打ちを食らい、真っ赤になって照れた。

「さっき答えれなかったから。倍返しな」

二人は情事を終えても抱き合ったままだった。

「心臓に悪いです……」
「バカやろ。ここには良いんだぜ?」

とんと、鳳の胸を小突く。

「……俺、いますぐ死んでもいい」
「あほ」

鳳は亮を離したくない思いで一杯だったが、亮も鳳から離れようとしない。
それは亮に愛されていると実感できて嬉しくもあったが、亮も鳳が醸し出す別れの雰囲気をどこかで感じているのかと思うと、とても悲しかった。
調査の最終段階として、すべてが終われば彼の記憶は消し去らなければいけない。

もうすぐ訪れるその瞬間まで、彼には笑顔でいて欲しい。





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