◇パラレル | ナノ



unknown 2


最初から行き詰まってしまった。
青年は写真に写ったことはないと言う。


だが彼を発見した時、鳳はすぐに本人だという確信を持った。

今は結えているが、その美しい黒髪。
見せてはくれなかったけれど、きっと微笑めば、あの釣り目がちな黒い瞳が優しい線を描くはず。
日に焼けた腕も意外に細かった。着物の袖からちらと覗けば写真で見たあの妖艶さが薫るのだろう。

彼は間違いなく、あの被写体だ。


しかしさきほどは知り合いに写真家などいないとも言っていた。
作家と被写体が他人ということはまず無い。
あの小さな風景にはむせかえる様な強い感情が籠っていた。ふたりはとても信頼関係にあったのだろう。
となると、考えられる可能性はひとつ。

これから知り合うのだ。



彼が仕事を終えるのを待ち再び接触を試みる。
要は、彼らが知り合い、シャッターの押される瞬間に立ち会えばよい。
今度はさっきの失敗も念頭に置きつつ慎重に近づく。

「あの」

青年は帰宅しようとしていただろう足を止めた。
汗を拭い、髪をなびかせて振り向き、鳳と視線がかち合うと渋い表情になった。

「またテメェか」
「あの、さっきはすみませんでした。突然現われておいて、訳の分からないことを言ってしまって……その、実は僕、写真家なんです」
「……は?」
「それで、ぜひ貴方を撮影したいと思って」

まずは作品素材の彼に信用してもらえないと調査は始まらない。
作家については大体の情報があったが、この青年については全てが謎に包まれている。
彼を調査し解明することが今回のデータ収集で要となっている。

訝しがる青年にもう一度詳しく説明する。
自分は写真家で、人物写真を得意としている。今は全国を回って撮影しており、そんなときあなたを見つけたのだ、と嘘をついた。

また突っぱねられるか不安だ。
少し唐突過ぎるが、信じてくれるだろうか。

「……そういうことなら最初からそう言え、アホ」

信じてくれた……のか。

「すみません、あなたを見つけた時は本当に焦ってしまって」

嘘ではない。
後世まで形を残した芸術が息づいているところは、選ばれたわずかな人間しか目にすることを許されていない。生きているモデルを目の前にして、鳳は感動がこみ上げた。

「……で?商売道具はどうしたの」

カメラ持って無いじゃん?
青年は腰に手を当て、にやりと笑った。

「あ、えーと、ですね」

早速まずいところを突かれた。

「……バタバタしてたもんですから、宿に置いてきてしまいました」

自分でも思う。
なんて言い訳がましいのだろう。

「くく、おまえ本当に写真家かよっ。激ダサだぜ!」

青年は鳳のとってつけたような嘘に大笑いした。

「あは……すみません」

鳳は苦笑いしつつ冷汗をかいていた。
これじゃ信用されるのなんか無理だ。

3ヶ月の歴史派遣員育成講習だけでは、実際に作品関係者と対峙した時にはなんの役にも立たないことが今、判った。
……けれど、第一段階はなんとか乗り越えたようだった。

(口悪いけど、笑うとやっぱりきれいだなぁ)

鳳は呑気にも、ふとそんなことを思った。




彼と別れてすぐカメラを入手しに店へと走った。
写真家だと名乗った手前、使い古した物の方が良いので中古にしようと考えた。
しかしそこで、大変な物を発見した。


機種名、品番、更にはレンズ脇にみられた傷も完全に一致。
鳳が店主に勧められたのはあの作家愛用のカメラ。
先日若い男が売りに来て、お代が済むとすぐに出て行ったらしい。
―――これはおそらく盗まれたに違いない。
今まで明らかとなっていなかった史実だ。確かに作家がこの年代あたりにカメラを変えたという記録はあった。
しかし、まさか盗難のためだったとは。

記録から逸れ始めた歴史の先には、まだ何かあるに違いない。
鳳は目の前で繰り広げられるどんな歴史をも見届け、記録する義務がある。
この先にどんなことが待っていようとも。
許されたのは記録することだけだ。





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