◇パラレル | ナノ



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「しつけーな。何度言ったら分かる」

青年は無造作に髪を結えながら、鳳を見上げて睨んだ。

「写真撮ったこと無いから。それと、アンタみたいな怪しい奴に名前教えるほど馬鹿じゃねぇよ」
「そんな、……あなたで間違いないはずなのに……」
「とにかく。仕事中だからもう行くわ」
「あ、待って下さい」
「男なんかナンパしてんじゃねーぞ、変態。あばよ」
「あ、あの」

せめてお名前を、と続ける前に青年は颯爽と走り去ってしまった。
遥か彼方の工場にその姿が吸いこまれていく。
工場の煙突からもくもくと黒い煙が立ち上り、鳳は不安に駆られた。

時は1950年代。
戦後の日本は回復を上回るように高度成長し続けている。

(おかしいな。どうなってるんだろう?)

鳳は小さくなった彼の姿を名残惜しげに目で追っていた。


時間も場所も合致している。
タイムスリップは成功したのだ。
なのに、当の本人が史実をひっくり返すようなことばかり言う。









鳳は未来からやって来た。
彼は歴史管理局芸術史部の者だ。
歴史管理局というのはその名の通り、地球誕生の瞬間から鳳の生きる2×××年、つまり現在までの膨大な歴史を余すことなくデータ化し記録管理するという、世界政府の一機関だった。芸術史部はその中でも芸術史を管理する部門だ。
鳳はそこで1900年代の芸術史を担当している。

今回も歴史的価値のある作品が新たに発見され、鳳は調査のため過去へと派遣されたのだった。



問題の作品は、一枚のモノクロ写真。
数週間前、とある写真家が使用していたカメラが歴史管理局へ回された。
そのまま博物館行きとならなかったのは、カメラにフィルムが収められていることが判明したからだ。
モノクロ写真の化学修復技術は進歩を遂げ、時を経て脆くなったそれも色鮮やかに生き返った。

現像されたのは3枚。
1枚目は花の写真。これはその作家が得意とする対象で、撮り方も同じセンスを感じられた。
2枚目は街の風景で、作家が住んでいた街並みが構図良く四角い枠に収められている。
しっかりとした調査も踏まえ、これらは間違いなくその作家のものだと判断された。


だが、最後の写真が問題となった。



それは作家にしては珍しい、人物写真だった。
被写体は一人の青年。椅子に横掛けて頬杖をつき、ファインダー越しに作家を見つめて柔らかに微笑んでいる。
背景は薄暗い室内のようで電灯がぼんやり灯るのみだ。時刻は夕方だろうか。
青年は着物を羽織り、流れるような美しい長髪を胸元まで降ろしている。
切れ長の瞳が印象的な端正な顔立ちは、作家がシャッターを切りたくなるのも頷けた。

写真の中の青年は美しく妖艶で、幸福感があり、愛情に溢れている。
技術やセンスとしては他の写真の方が素晴らしいと言えた。しかし、この人物写真には惹きつけられるものがある。
調査を始めた頃こそ、きっとこの青年は作家の友人だろうという推測がたったが、すぐに違うだろうということになった。


ここに写されているのは、そんな感情ではないのだ。





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