famous 1 「こんなふうにゆっくりできたの、本当に久しぶりですね」 目の前の整った顔がふわりと銀髪を揺らして微笑む。 俺は枕に埋めていた顔をあげて言った。 「お前が多忙なだけだよ。俺は別に、一人でゆっくりしてる」 「寂しかった?ごめんなさい」 「そう思う暇あるんなら少しは休め、バカ」 「えへへ。宍戸さんと一緒に休む〜」 すぐさま長太郎はくっついてきて、布団ごと俺を抱きしめた。 「あーもう、くっつくな。暑い」 185センチのバランスのとれた長身に、白く透き通るような肌。珍しいシルバーアッシュの地毛は祖母の血筋だという。 そして、これだけ恵まれた容姿の上、更には美麗な顔立ちも付いている。 鳳長太郎は弱冠19歳にして世界的なモデルとしてその名を馳せていた。 海外のファッションショーや有名ブランドのコレクションにも堂々たる姿を見せ、休む間もなくあちこちの国を飛び回り、フラッシュを浴び続ける。 仕事もファンも増加の一途を辿っていた。 そして―――この度も帰国したばかりで俺の家に押しかけて来たのだった。 さきほど土産だという俺の好きなメーカーのイギリス限定モデルのスニーカーを手渡された。……高い土産はやめろとあれほど言ったのにも関わらず、だ。 こういうところはきちんとしなければいけない。とりあえず文句を言おうとしたけれど、あんまり顔を輝かせて靴を差し出すものだから、仕方なく履いてみせると「似合います、似合います」とうるさくなった。 今回もそんな長太郎に口をつぐんでしまい、大人しく頂戴することにした。 久しぶりに会うのだし、こんなことで喜ぶ顔が見れるのならいいかと、つい思ってしまった。 長太郎は無邪気にはしゃいで「明日、それ履いて出掛けましょう」とか言ってる。 まったく、土産くらいで大げさな奴だな。 こいつは何でも規格外で、付き合う方も骨が折れる。 それから、一方の俺は。 22年間規格内に生きてきて。 大学のコネで入った大手化粧品会社に務めていた。 しかし昨年、新商品の香水のイメージモデルになった長太郎に出会ったのだ。 新入社員ながらも企画の端に携わっていた俺はその香水の広告撮影の視察へ同行した。 そしてそっと開いた鉄扉の向こう、造られた箱庭の中に長太郎はいた。 イケメン。王子。美少年。―――どれもが長太郎をもてはやす言葉だったけど、そんなものじゃ到底、足りないくらい。 世間一般に広まる程度の噂は耳にしていたから、急にその頭角を現した幼い一流モデルのことはそこそこ知っていた。 けれどやはり、生で見たときは圧倒された。 大勢のスタッフに囲まれて。 華やかな衣装を身にまとって。 向けられるレンズに、自分の魅力全てをさらす。 綺麗だと思った。 ……なのに、初の対面から3時間後。 撮影終了後、長太郎の控室へ上司と共に訪れて簡単な会話を交わすこととなったのだが―――そこで大きなギャップを感じた。 ソファに座って休む長太郎に、あの魅入られるような美しい存在感はどこにもなく。 年相応か、むしろ幼いくらいの笑顔で迎えられた。 言葉遣いも丁寧だけれど高校生らしくもあり、くるくる変わる表情は好奇心旺盛な少年を思わせた。 それから差し入れのケーキにパクつくところもまるで、子供。 スタジオで見せたあの凛々しくて大人びた顔はどこへ行った? あれだけのスタイル、派手な容貌なのに。 そんな屈託のない様子で今日の撮影についてあれこれと話すものだから、緊張していた俺も上司もすぐに肩の力を抜いて話すことができた。 スイッチが切り替わるとこんなに人懐っこい奴だったんだな。 さっきはつい拍子抜けしてしまったけど、あどけない笑顔で礼儀正しく話しかけてくる長太郎に、俺はこっそりと愛らしさを感じてしまった。 純粋に人として好きだ、とも思っていた。 でもそれは好感という感情であって、華やかな世界の長太郎を遠くから見守るだけに留めておく範囲だが。 住む世界が違い過ぎるなんてことは、勿論、わきまえている。 前 次 Text | Top |