「しししど姫」 チョウタロが洞窟で目覚めると、隣にはシシドが寝ていました。 幾日も眠り続けていたチョウタロをシシドが看病してくれていたのです。 (シシドさん……) シシドの優しさに感動していると、突然、腕の痣が激しく痛みだしました。 「うっ」 チョウタロは腕を抑え、外へ出ました。 夜の静寂に包まれた太古の森が岩棚の下に広がっています。 「辛いか、アーン?」 ふいに後ろから山犬アトベの声がしました。 「そこから飛び下りれば簡単に蹴りがつくぞ。体力が戻れば、痣も暴れ出す」 「……アトベさん……。森と人が争わずに済む道は無いのでしょうか。本当に、もう止められないのですか」 「人間共が集まっている。奴らの火がじきここへと届くだろう」 師匠連と組んだタキ御前がシシ神の首を狙い、ジバシリ、唐傘連を率いて、シシ神の森を暴こうとしているのです。 当然アトベ達も黙ってはいません。 「シシドさんをどうする気ですか。あの人を道連れにするつもりですか」 「ハッ!いかにも人間らしい手前勝手な考えだな。シシドはわが一族の息子だ。森と生き、森が死ぬ時は一緒に滅びる」 「あの人を解き放って下さい!あの人は、人間です!」 「黙れ、小僧!!」 アトベが泣きぼくろのある目元を歪ませ、怒りを剥き出しにしました。 「てめぇにあいつの不幸が癒せるのか!?関東大会で無様にもタチバナに負け、氷帝の鉄の掟に従い切り捨てられたのが、シシドだ。レギュラーにもなれず、山犬にもなりきれぬ、哀れで醜い、可愛いわが息子だ」 人間のサカキが氷帝の勝利のため、今までチームに貢献してきたシシドをたった一度負けただけであっさりと切り捨てたというのです。 確かに以前のシシドには傍若無人なところがありました。 しかし、なんと非道な仕打ちでしょうか。 「おまえにシシドを救えるのか」 チョウタロをまっすぐに睨みつけ、アトベが叫びます。 「分かりません。ですが、ともに生きることはできます」 「――ハーッハッハッハ!どうやって生きるんだ、アァーン!?シシドと共にレギュラー復帰の特訓をするというのか」 「もちろんです。シシドさんは、あのままで終わってはいけない人です……!」 アトベはチョウタロを静かに見つめて言いました。 「……小僧。てめぇに出来ることは何かよく考えてみろ。てめぇはサーブのスピードは氷帝一だが極度にノーコンな上、痣に食い殺される身だ。……夜明けとともにここを立ち去れ」 チョウタロが洞窟に戻るとシシドが目を覚ましました。 「歩けたか?」 寝ぼけ眼のシシドに、チョウタロは穏やかな気持ちになりました。 「ありがとうございます。シシドさんと、あと………ええと、誰だっけ?金色の光、金色の……金髪?……ああ!ジローさんの、おかげです」 チョウタロが微笑むとシシドも微笑み返してくれます。 それはシシドがレギュラー落ちしてから初めてチョウタロに見せた優しい顔でした。 チョウタロはそれに、痣でなく胸がちくりと痛みました。 End. 翌日、シシドにロザリオを渡してとチョウタロに頼まれた、赤き山犬ガクト。 前 次 Text | Top |