◇パラレル | ナノ



「千の技を持つ天才の神隠し」


侑士は東京へ引っ越しする最中、不思議な町に迷い込んでしまいました。
無人の町に立ち並ぶ飲食店の豪華な料理に魅了され、お父さん、お母さん、お姉ちゃんはそれを勝手に食べてサゴシにされてしまいました。侑士は赤髪おかっぱの少年に助けられ、一人サゴシにされずに済みました。

「ここでは仕事を持たない者は、景婆婆(けいばあば)に動物にされちまう」
「景婆婆て?」
「会えばすぐに分かる。ここを支配している魔女だ。嫌だとか、帰りたいとか言わせるように仕向けてくるけれど、ここで働きたいとだけ言うんだ。そうすれば景婆婆も手出しは出来ないぜ。……さぁ、行けよ侑士」

侑士は不安でいっぱいでしたが、彼の笑顔を見ると勇気が湧いてきました。

「うん。ほな」

早速、職を手にするため侑士は景婆婆のもとへ向かいました。




なんとか景婆婆の部屋に辿り着くと、侑士はここで働きたいと訴えました。

「馬鹿なことを言うんじゃねぇ。ここは人間の来る所じゃない。八百万(やおよろず)の氷帝テニス部員が疲れを癒しにくるお湯屋なんだよ」

景婆婆は目もくれずに言い捨てました。
途中、魔法で口を利けなくされたり、恐ろしい仕事をさせると脅されたりしましたが、侑士はあの少年に言われたとおり「ここで働きたい」とだけ言い張りました。
侑士の強情な態度に景婆婆が憤怒していると、寝起きの子供の声が聞こえてきました。それとともにドアが蹴破られ、折れた木材が部屋に散らばりました。

「まじまじスッゲー!スバラC〜☆」

カーテンの奥はどうなっているのでしょう。どうやら子供が暴れているようです。

「チッ!起きちまったか」

景婆婆は奥の部屋へ行き、子供を宥め始めました。

「あの、働かせてくれへんか!」
「大きな声を出すんじゃねぇっ。……よしよし。大人しくしろ、慈郎」

侑士は叫び続けました。

「頼んます!ここで働かせてくれや!!」
「静かにしろ!」
「ここで働かせてくれや!!」
「〜〜うるせぇな!分かったよ!」

子供を刺激しないで欲しい景婆婆は、構わず大声を出す侑士にとうとう折れました。
侑士の方へ紙とペンを飛ばすと、散らかった部屋を魔法で片付け、乱れた髪を整えながら言いました。

「契約書だ。働かせてやる。そこに名前を書きな。その代わり嫌だとか、帰りたいとか言ったらすぐサゴシにしてやるからな!」
「あの、名前ってここでえぇんか?」
「――そうだつってんだろ、アーン!?グズグズしねぇでさっさと書きな!」

気の短い景婆婆に凄まれて、萎縮した侑士は慌てて名前を書きました。

「まったく……つまらねぇ誓いを立てちまったもんだぜ。働きたい奴には仕事をやるだなんてな……ハッ」

侑士はフルネームを紙に書きました。

「書いたか」
「はい」

侑士が返事をした途端、契約書は宙に浮き景婆婆の手元に吸い寄せられました。
景婆婆が契約書を見ると署名欄にはこのように書いてありました。


『千の技を持つ天才、忍足侑士』


侑士は関西人の血なのか、自己紹介に面白おかしくツッコミどころを入れてみたのでした。

「……侑士というのか」
「え?あ、ハイ……」

しかし景婆婆はユーモアのセンスが無いのか、凡人とはずれた感覚の持ち主なのか、あっさりスルーされてしまいました。

「ハッ、贅沢な名だぜ」

そう言うと景婆婆は契約書に手をかざし『千』という最初の一文字以外を紙から抜き取ってしまいました。

「今からお前の名は『千』だ」
「ちょっ……それ名前やないやん!千の技を持つ天才ゆうのはテニスの」
「いいか、千だ。分かったら返事をするんだ、千!」
「はいッ!」

ドスの利いた声で呼ばれ、侑士は反射的に返事をしてしまいました。
しまった、と後悔しているところへ先程の赤髪おかっぱの少年が現れました。

「お呼びですかー?」
「今日からその野郎が働く。世話をしな」
「はぁい。……おい、名は何て言うんだ?」

少年はまるでさっきとは別人なのかというほど冷たい口調で初対面かのように侑士に名を訊ねました。

「ゆ……千です」

侑士は景婆婆がいる手前、『千』と名乗りました。

「それじゃ、千。ついてきな。俺のことはガク様と呼んでみそ」


見知らぬ世界で、侑士はこれからどうなってしまうのでしょう。




End.


鳳宍は6番目の駅から徒歩10分の所で同棲中。





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