狐の灯 3 最初は亮につられてしまった長太郎だったが、口づけられればすぐさま罪悪感より欲が勝った。舌が深く絡み合う頃には、長太郎の両手は亮の頭を強く押さえつけていた。 「…んっ…ちょう、たろ…」 長太郎はまだ物足りなかったが、亮が呻き声を上げたので一度唇を離した。 見上げると、彼女は頬を真っ赤にして肩ではぁはぁと息をしている。あんなに強引に誘ってきたのに、いざそうなると亮ばかりのぼせている。彼女のそんな普段との落差に長太郎はますます気分が高揚していった。 「亮さん……」 髪に指を通すと、亮は猫がするように長太郎の手に頭を擦りつけた。 すると。 ふわり (――え…っ?) 長太郎は手のひらの感触に腕全体を硬直させた。 「長太郎…」 しかし亮はそんな長太郎に気付かず、先をねだるように胸に額を預けてくる。 (ふわり、て……?) もう一度その頭に触れ、おそるおそる「それ」を確認した長太郎は目を見開いた。 (け、獣の、耳が生えて、) 亮が長太郎の浴衣を剥ぐのに気を取られているうちに、腰に回していた手を少しずつ下げてみる。やはり尻にもふわふわと揺れる尻尾があった。 猫ほど細くもなく、狸ほど短くない、ぴくぴく動く耳と同じ黄色のそれは。 「き、狐…!?」 思わず叫ぶと亮がびくりと身を竦めた。 「り、亮さん、耳が、」 長太郎が頭を指差すと、亮は耳をぱっと掴んだ。 「あっ」 やってしまった、という顔。 長太郎はそれにくぎ付けになったまま。びっくりして、信じられなくて、一方で、亮は狐だったのかと妙に納得してしまったりで、目を見開いたまま動けない。 亮はどこか傷付いた顔をして、唇を噛み締める。やっぱり狐だったのか。 そういえば辺りが暗い。あんなに賑わっていた声もいつからか届かなくなっている。 布団から埃っぽい臭いが漂ってきた。 「えっ……ここ、さっき見たお社だ……」 立派な屋敷は跡形もなくなり、部屋には宴の残骸と行燈一つを残して何もかも消えてしまった。 蜘蛛の巣だらけの部屋と、破れて穴だらけの障子。料理と酒はそのままだったが、あとは何もかも夢幻だったようだ。 「すまねえ。……騙した……」 「…さっきまでのは…」 「俺がやった」 亮は小さな声でそう呟き、耳と尻尾をしゅんと垂れた。 つまるところ、長太郎は狐に化かされていたということだった。 噂話で狐狸の類に化かされた旅人の話を聞いたことくらいある。だが自分がそうなるとは。 長太郎が何も反応できずにいると、亮は縋るような目で長太郎に言った。 「お、俺…おまえに礼がしたくて…その、本当に、騙して笑ってやろうとか、そんなことは考えてない」 「お礼…?」 そういえば、さっきもそんなようなことを言っていた。しかしお礼と言われても、長太郎には亮に感謝されるような覚えがない。 「忘れちまったのか」 「え?」 「長太郎は、俺のこと助けてくれた」 「…亮さんを…?」 「馬鹿。狐をだよ」 「あ、ああ。そうでした」 話を聞くと、どうやら長太郎は罠に足を取られていた亮を助けたらしいのだ。 そう言われて思い出したが、以前、家の裏山で兎の罠に引っ掛かっていた狐を助けた覚えがある。 「あの毛並みの美しい狐はあなたでしたか」 「…それで…俺、長太郎に礼がしたくて…こんなことを…」 長太郎があまりの出来事に口数が少なくなったのを怒っていると思ったのか、亮は悲しそうに俯いてしまった。 その様子がとても愛しくて、正体は狐だというのに長太郎は亮に再びときめいた。 身を起こすと、彼女は着物の肌蹴けを直してそそくさと長太郎の上からどいていく。 けれど長太郎は離れるその肩を掴み、腕に亮を閉じ込めた。 「亮さん。ありがとう」 「え…」 「嬉しいです。今夜はとても楽しい一時を過ごすことができました」 「長太郎」 「……で……、俺はここで終わりにしたくないのですが……ダメですか?」 長太郎は亮を布団の上に組敷くと、もう一度その肩から着物を下げた。 「わっ!ままま待て待て待てっ!」 亮は口づけようとする長太郎の口を手で塞ぎ、着物の下へ滑りこもうとする手を掴み上げた。 「いけませんか…?誘ったのはあなたですよ」 「じゃ、じゃなくって!俺、俺…ほ…本当は……女じゃ、ないから……」 「狐でも構いません」 長太郎は手のひらを着物の裾に滑り込ませる。 亮がぴくりと耳を震わせた。 「〜〜っち、がうっ!…狐とか人間以前に、俺、オスなんだよ…っ!!」 前 次 Text | Top |