狐の灯 1 「はて。この道は先程も通ったような…」 旅の青年、鳳長太郎は夜の山道に迷い込んでしまった。 背負った荷物は長太郎の足を鉛のように重くして、さらに進む先は延々続く真っ暗闇ときた。彼はついに立ち止まる。 左手にはもう油の残り少ない提灯。日が沈む頃には知り合いのいる麓の村に辿りつく予定だったものだから、食料もすでに底を尽いていた。 「ここまで一本道だったはずなのに…どうして…」 長太郎が来た道を振り返ったその時、ざわざわっと草むらが揺れた。 「!」 なにか獣でも通ったのだろうか。 ――そうだ。腹を空かせているのは自分だけではない。それとも追剥の類か―― 命の危機を感じて、長太郎は身を竦ませた。 がさ、がさ、草がざわめく音は四方八方に動きながらも徐々に近づいてくる。 長太郎は勢いよく駆け出した。 とにかく、とにかく遠くへ。 しかしいくらも疾走しないうちに彼は民家の明かりを見つけた。 かすかに人の賑わう声もする。 「人だ…人がいる!」 こんな山奥に人が住んでいるのも意外だったが、怪しむどころではない。追いかけてくる気配は近くに感じなかったものの、長太郎は躊躇することなく民家の玄関まで再び走り出した。助かったと思うと涙が出そうなほどだった。 「こ、これは…」 長太郎はその手前で足を止めてしまった。 これがなんと、よくよく見るととても素晴らしいお屋敷なのだ。造りはこじんまりとしているが、緋色を基調とした立派な屋敷だった。 長太郎は、石造りの狐が口からぶら下げている灯籠に迎えられ、おそるおそるその入口に立った。 すぐそばの障子から明かりが漏れている。そして、宴の最中なのか、大勢の声もした。雅な言葉遣いの男の声。酒を注ぐ音。食器がかちゃかちゃぶつかる音。ねえ旦那様、と女の猫撫で声もした。 「どこかの大名様だろうか。……とても助けてもらえる雰囲気じゃないな…」 けれど裏口から回れば下働きの者がいるだろう。その者に物置の隅にでも休ませてくれないだろうかと頼んでみよう。 そう思い、丹塗りの戸から背を向けようとした時だった。 「何か用かい?坊ちゃん」 赤い扉が軋んだ音を立てながら開き、長太郎は黒髪の女に引き留められた。 前 次 Text | Top |