◇大学生*社会人 | ナノ



愛しい夜

幼稚園は夏休み真っ只中で、たまに早く帰宅できる。
氷帝幼稚園の生徒達は皆ブルジョワばかりで、両親と海外へバカンスに行く時期だからだ。同業からすると、少し特殊かもしれない。
今日はさらに珍しいことに、定時に帰宅した宍戸が洗濯や掃除をして一段落した頃、同居している鳳も帰ってきた。鳳の仕事は多忙なばかりで、いつも夜遅く帰ってくる。
週末を待たず、久しぶりにゆっくり顔を合わせられる。
鳳の仕事の様子も聞きたいし、自分の可愛い生徒たちの話もしたい。

鳳に風呂の準備を頼み、食事を作りながらビールを冷やした宍戸だったが、それらが食卓に並ぶ前にベットの上で裸になっていた。
どうしてこうなった。
すべて終わってからようやく疑問に思うということはままある。鳳は普段従順なようだが時々強引だ。

「もう十時じゃねぇか」
「あはは…」

冷めた料理と狂った予定に少し咎めるように言うと、鳳は困ったように笑った。

「ごめんなさい。なんか我慢できなくって…。今日みたいに平日の夜に二人揃うことってないから、つい」
「だからって飯も食わずに襲うのかよ」

鳳はもう一度ごめんなさいと言うと、宍戸の額にキスをした。

「お風呂の準備できてますから、それから温め直して食べましょう。宍戸さんはなんにもしなくていいよ」

伸ばしかけの髪を撫で、顎に指が添えられる。
宍戸は鳳を睨んだまま。しかし顔が近付いてくると瞼を閉じてしまう。

「先生、甘やかしすぎじゃないですか?」
「へっ。おまえみたいな面倒な生徒は持った憶えねえよ」
「幼稚園の子達がうらやましいな」

鳳はにやりと笑い、またキスをする。今度は深く、身体を熱くさせるようなキス。言動と行動が矛盾していると思いながらも、宍戸もまたそれを受け入れてしまう。

それから二人はバスルームに移動して、鳳の入れたぬるめの湯に一緒に浸かった。
鳳が姉からもらったという入浴剤で、湯は乳白色になっている。やさしい香りが漂い、宍戸はバスタブにもたれて目を閉じた。

しかし鳳は十分もしないうちに風呂を出る。一緒に暮らし始めて分かったが、鳳はかなりのぼせやすいようだ。夏場の今は特に熱がって、烏の行水になりつつある。
でも宍戸と一緒の時はなかなか出たがらない。
ぬるめの湯に予感はしていたが、鳳はバスチェアに座るとトリートメントのボトルを手に取った。

「宍戸さん、頭貸してください」
「おう。やってくれんのか」
「ぜひ」

赤い頬でにっこり微笑む鳳に、宍戸は口元が緩みかけた。
恋人といっても先輩の威厳は残しておきたい。それを見られないうちに背を向けると、宍戸はバスタブの縁に頭を置いた。

「ほい。よろしく」
「はぁい」

鳳はトリートメントを手のひらに出すと、宍戸の髪に少しずつ馴染ませていく。
大切なものを扱うように髪を梳く鳳の指先は心地良い。
宍戸は目を閉じて、それに身を任せた。

「だいぶ伸びてきましたね」
「ああ。中学ん時の半分もないけどな」
「それでも懐かしいです。…でも…学校で怒られません?」

宍戸がまた髪を伸ばし始めたのは鳳に懇願されたからだが、本人はそこが気がかりだったようだ。
わがままなのか、謙虚なのか。
宍戸は目を閉じたまま笑うと「別に」と言った。

「このくらいならな。あぁ、榊先生なんかは会うたび『切れ』って言うけどな」
「え。そうなんですか」

鳳は驚いたのか、一瞬手を止める。

「でも二言目には懐かしいって言って、昔話だ。まぁ、目の前で土下座されて髪切られたら、そりゃ忘れられないよな」
「そうなんだ…。なんか、仲良しですね…」

止まった手が、ゆっくりとまた髪を梳く。今度は少しもみ込むようにして、ときどきギュッと髪を手のひらに包まれた。

「どの辺がだよ。俺の髪が気になるだけだろ。ま、これ以上はさすがにしないぜ」
「俺はショートもロングも、どっちの宍戸さんも好きです。俺が伸ばしてって言ったんですけど」
「めちゃくちゃだ」

宍戸の笑い声がバスルームに反響する。
鳳は拗ねたように「分かってますよ」と言い、シャワーヘッドを掴んだ。
しかし宍戸の頭に手を添えると、顔や耳にお湯が掛からないよう慎重に、慣れた手つきで洗い流していく。



こういう日は、風呂あがりに宍戸の髪を拭くのも、ドライヤーで乾かすのも鳳がやってくれる。
結局遅くなった晩御飯も鳳が用意しなおしてくれて、寝室で言われたとおり宍戸はなにもしなくてよかった。

「おお。髪が潤ってるかんじするぜ」

ソファに座る鳳の足元でドライヤーをしてもらった。
ハイ終わりと言われて髪に触れてみると、指の間をさらりと髪が流れていった。
いつのまにか鳳は髪の扱いが上達していっているのだった。

「どう?いい?」
「うん」
「気持ち良かった?」
「うん。長太郎、ありがとう」

そう伝えると、鳳はとても癒されたような顔をする。満足させられたのはこちらなのに。
宍戸はこうなった元凶を差し置いて、そんなことを思った。
いや、不満以上に満足感を与える鳳のせいかもしれない。

「あ、そうだ。今度は俺がやってやるよ」
「え」
「トリートメントってのもなんだし…、それじゃ背中流してやるな」
「えっ。俺の?本当?いつ?」
「うーん。週末かな」

鳳は喜んで「やったー」と足元に座る宍戸を抱きしめた。
好き、大好きと興奮する鳳を宥めるように宍戸は銀色の頭を撫でる。すると、ますます抱きしめる腕が強くなった。
その中で無理やり身体を反転させると、宍戸は鳳の首に腕をまわした。

「そのかわり、早く帰って来いよ。長太郎」
「はい、宍戸さん」

鳳からも同じ香りがすることに、心に安堵が広がっていく。
このまま眠ってしまいたいような、眠るのが惜しいような気分で宍戸は目を閉じ、自分を包む湯上がりの匂いをゆっくりと吸い込んだ。




End.





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