習慣と先入観 ただいまー、と玄関口から間延びした声がして、リビングのドアが開かれた。 「あっ。おかえりなさい、宍戸さん」 「おぅ。早えな」 「宍戸さんは遅かったですね」 「うん、今日すげぇ忙しかった。ああ、疲れた…」 「お疲れさまです〜…うぷっ、」 出迎えついでにおかえりのキスもしようと腕を伸ばしたけれど、面倒臭そうにパシリと拒まれてしまう。 「あとでいいだろ」 「えー…」 あ・と・で。と宍戸さんは鞄を床に投げ出し、二人掛けのソファに寝転んでしまった。 俺は不満げにしたけど宍戸さんは相手にしてくれない。仕方なく、その足もとに座りこんで寝っ転がっている宍戸さんを眺めた。 こんなことしてないで、早く夕飯の支度でもしてあげればいいんだけど。 「ふう…」 宍戸さんは溜息をつき、目を閉じる。 どうしたのかな。今日の宍戸さんは、らしくない。帰宅したらパッと着替えて、ご飯食べて、風呂に入る。それがいつもの宍戸さんだ。 なのに今日は帰ってすぐソファにぐったり。 「だらけモードですね。珍しいなぁ。学校でなにかあったんですか?」 「いや…、期末テストあるせいで今日から部活動休止なだけ」 「へぇ、期末か。久々にその単語聞きました」 懐かしがりつつ、聞く態勢に入ろうと宍戸さんの足もとに割り込む。 宍戸さんはソファに仰向けに寝たまま、もそもそと足を浮かせる。だから俺は降りてきた彼の足を膝に乗せてソファに腰を下ろした。 「へへ」 「ん?何?」 「いい枕」 …だらけついでに、ちょっと甘えんぼモードかな? 「んでよぉ、放課後もずっと机で仕事。クラス全員分の書類を…こう…ホチキスでずっとパチパチ留めて。体うずうずして仕方ねえってのなあ」 「いつもならテニス部で走り回ってる時間ですもんね」 「ずーっと座りっぱで…足がなんか張ってる気がすんだよなぁ…」 「どこ?ふくらはぎ?太もも?」 「あ?――って、ちょっと待て。てめ何フツーに揉んでんだ」 「ほぐしてあげようかなと」 「…いいって。いらねー」 「まぁまぁ、宍戸さん。プライベートタイムはリラックスしなくちゃ。意地も張ってどうするんです?あ、ちょっとむくんでますね」 「ちょっ!…おい、聞けよっ…」 どうせ身体凝ってるせいで年寄り扱いされたくないとか、そんなこと思ってるんだろうな。 でも、宍戸さんの疲れを癒してあげられるのは俺だけだからね。 こういうときの宍戸さんは強行突破に限る。 「うーん。ズボンの上からじゃしにくいですね。宍戸さん、腰上げて下さい」 「お、おいってば!いいって言ってんだろうが!おい待っ…長太郎っ!」 「今さら恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか〜。…懐かしいッス。部活の後よくマッサージしましたよね、えへへ。俺、力加減下手くそで毎回宍戸さんに怒られてたよね。あ、今はどうですか、宍戸さん。うまくなった?」 「ちょうた…マ、ジで…いい、から…!」 「えー。感想くらい聞かせて下さいよぉ」 「――んっ!」 宍戸さんは一瞬身体を震わせたかと思うと、すぐに口を押さえた。 「…え…」 今、『んっ』て?…え?え!? 「し、宍戸さん、今」 「やめろっつっただろっ!!!」 「俺、そんなつもりじゃ」 「!!おおお俺だってそんなつもりねーんだよ!!あたりめーだろが!」 宍戸さんは顔を真っ赤にして叫ぶ。 「だっておまえ、たまにこういうノリでくるし!力加減つか、手つき…、あ〜〜クソッ!おまえいきなり触んじゃねえよバカ野郎!!」 「そ、そんな怒んないで下さい、ね?かわいかったです」 「フォローになってねぇんだよ!」 「あっ。す、すみません…!」 そ、そうだよな。一人で感じちゃったら、恥ずかしいよね。 ていうか、宍戸さん、感じちゃったんだ。そういうつもりはなかったんだけど、だからこそっていうのかな、なおさら嬉しい気がする。 「もういいだろっ」 宍戸さんの頬はまだちょっと赤くて、睨んできた瞳はうっすら潤んでいる。 …やば。俺、なんか… 「ねえ、宍戸さん。…その、続きを…」 「あ?」 「ご、ごはん、準備しましょう!」 「頼んだぜ」 「……はい…」 こういうときの宍戸さんは逆らわないに限る。今は拗ねてるだけだからそのうち機嫌も治るだろうけど、本気ギレしたら頑なだから。 「……」 でも、絶対、怒ったふりして恥ずかしいとか思ってるんだろうなぁ…まだ顔赤いもん。かわいい。 あ、雑誌で顔隠した!え〜、かわいいっ!もう隅から隅まで知ってるんだからそんなに照れなくてもいいのにっ。かわい〜! ていうか! さっきの『んっ』てかわいかった!『んっ』て鼻から抜けたみたいな声、すっごいかわいかった!! 宍戸さんかわいいっ、大好き…!! 「長太郎、早くメシ、……?…おい、ちょうたろ」 「やっぱり1回だけ!!」 「わ!1回だけなんだオイ!!どっどこ触ってんだバカ!」 End. 前 Text | Top |