初夏の処方箋 11
「阿部くん…ちがう、よ」
三橋はいつもと変わらぬような表情で、空気で、こちらを振り返る。 不安だらけの俺に、暖かい腕が伸びてきて、抱きしめられた。
「…今日の朝、ね」
ぎこちない抱擁。 どもり気味の声が、こんなに近い。
「オレの方が、早く起きたんだよ。そしたらね、阿部くん、寝ぼけて、こやって、ギュってしたんだよ」
少し腕に力がこもる。
「オレ、すごいプレゼントで、ビックリしたっ!野球、してない時は、ずっとあんなふうがイイナ。…ふひ」
微笑む三橋が身じろいで、肩に頭が擦りついた。
「っでも、阿部くんは…オレみたいなダメピーがしても、阿部くんは…そーゆー気持ちに、なれます、か?オレも、阿部くんのいちばん好きな人に、なれますか?」 「……なれるに決まってんだろ。もうなってんだ」
俺は、三橋の背中にしがみつくように抱きしめ返した。 両思いだって、信じていいんだ。 不器用な三橋の一生懸命な言葉。嬉しくてたまらなかった。
「三橋…」
顔を上げた三橋と至近距離で目が合うと、もうダメだった。
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強引にキスをすると、背中に回った手がビクリとして、やがてしがみついてきた。 唇を離し、瞼を開くと、三橋のとろんとした表情が映った。
「あ、…べくん…」 「三橋。好きだよ、三橋」 「オ、オレも。阿部くん、好きだ」
煽らないで欲しいなんて勝手なことを思いながら、もう一度、唇を重ねた。 数分後、このままだと風呂上がりの三橋が風邪を引くかもしれないということを思い出すまで、俺達はキスを繰り返した。
三橋の真っ赤になった頬を指摘すると「阿部くんもだよ」と言われて、二人で笑い合った。
*
「…三橋」 「ん?」
ドライヤーの温風を切り、髪を梳く。
「誕生日おめでとう」 「あ!…ありが、と…」
三橋の嬉しげな顔を見て、俺は頭をくしゃくしゃかきまぜた。
「な、冷蔵庫にケーキあるから食おうぜ」 「ケーキ!?た、誕生日のっ?」 「待て待て。…いちおう三橋の誕生日用だけど、コンビニで買ったやつだからでけえ丸いのじゃないぞ」 「阿部くんと一緒に食べてもいい!?」 「えっ?…おう…」
頷くと、三橋は両手を上げてバンザイしながら喜んだ。可愛過ぎる。 「ただし、その前に一つ言うことがある」 「?」 「おばさんが心配するから、泊まりはしばらく無しだ。今までだらしなかった分、真面目にすんだぞ」 「う…ハイ…」
残念そうな表情を見て、俺はクスリと笑った。
「ほれ、ケーキ」 「わ、あ…」
ケーキを乗せた皿を差し出すと、途端に目が輝く。 イチゴにフォークを突き刺す三橋を見つめながら、俺は続きを話した。
「でさぁ、また泊まれるようになった時のために…」 「ふお」 「今度、三橋の布団買いに行こうぜ」 「フ、トン?」 「あぁ。ずっとさ、シングルベットに二人は狭いし、三橋の肩に悪いからやべぇなって思ってたんだ」
どうよ?と問うと、三橋は神妙な面持ちで頷いた。
「…うん…」
あれ?思ったより喜ばないな。 残念がってるように見えるのは、俺の浮かれた気持ちのせいか。 なんて、本当の理由は俺の方にあった。――好きな奴と一緒のベットなんていろいろヤバいから、なんだけど。
「敷布団、嫌なのか?」 「う、ううんっ!」
三橋は大きくケーキを掬うと丸ごとぱくんと口に含んだ。
「オレっ、敷布団で寝るよ!だから、今はマジメになる」
大きな声で宣言するので、俺も思わず笑顔になる。
「おう!おばさんの信頼取り戻すぞ」 「うん!」 「…っと、それ食ったら、そろそろ出るか」
腕時計を確認すると、あれから一時間も経過している。 俺は残りのケーキを口に放り込むと、三橋のカバンを肩に背負った。
ドタバタと玄関に向かったが、部屋を出る前に、俺はもう一度三橋にキスをした。 三橋はびっくりして、頬を赤くして、くすぐったそうに笑う。 この反応は癖になる。 俺はなんでもない顔をしながら、今度はいつ二人きりになれるだろうなんて考えてしまっていた。
End.
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