初夏の処方箋 9

通話を切り、俺は大きく息を吐いた。

今日の三橋のおかしい態度は、これが原因だったんだ。
やっと、全部、繋がった。
三橋の携帯電話をテーブルに置き、もう一度シャワーの音を確認する。
俺は静かに立ち上がり、玄関に向かった。

家から数分のコンビニを急いで往復して帰宅すると、三橋はいいつけどおりまだ風呂に入っていた。
俺は物音を立てないように、コンビニで買ってきたケーキを冷蔵庫にしまい、何事もなかったように待機する。
しばらくすると脱衣所の扉が開き、ほかほかになった三橋が出てきた。

「阿部くん、おふろ ありがと」

三橋は何も気付いてないみたいだった。

笑顔を崩すのにほんの少し罪悪感を覚えながらも、俺は話を切り出した。

「三橋。悪いけど、電話鳴ったから勝手に出さしてもらった」
「え…」
「おまえ、おばさんに外泊許可取ってなかったのか?」
「あっ…」

三橋は一瞬で顔を青くした。

「なんで連絡しなかったんだよ。心配してたぞ、おばさん」
「…ごめん、なさ…い…」

三橋は俺の厳しい視線から逃れるかのようにバスタオルを被って俯く。
「あのさ、最初の頃はきちんと電話してたんだろ?」
「う、ん。でも、だんだん、そんなに泊まっちゃダメだって…。阿部くんに迷惑だし、帰って来なさいって言われて…。でもオレ、メールで、連絡してるフリして、こっそり……。けど、また怒られて、家帰れなくて、原さんの、うち、に、」
「ああ、ケーキの女ね。食い意地はってるだけじゃなかったんだ」
「オ、オレ…ずるいこと…」
「ずるいっつーか……はぁ」

三橋はビクリとしたかと思うと涙目になった。ズボンの膝を何度も握りしめて、少し震えている。
気が小さいのに、なんで時々常人の理解できないところで大胆になるんだろうか。
それに、今回のことは野球に関係あるのか微妙じゃないか?
いや、三橋の理論なんて俺には分からない。だから根気強く話を聞く。

「そんなことしたら、おばさんに野球のことまで認めてもらえなくなるかもしれないんだぞ」
「うん…、でも…、阿部くんといるの、楽しくて、帰りたくなかった」
「お前なぁ」
「阿部くんといたら、一緒に練習できなくても、誰かに、取られないかな、って…」
「それって野球を遊びの口実にしてんじゃないの」「……っうく、オレ…ご、めんっ…」

くだらなすぎる理由だ。
俺は何も言い返せなくなって、耐えるように拳を握りしめていた。

「今日は帰れよ」
「…は、い」

小さく震えた声がして、三橋がふらりと立ち上がる。
足もとにバスタオルが落ちるのと一緒に、雫がぽたり。
こちらに背を向けてから、洟をすする音もした。

ほら、結局おまえが辛くなってるじゃん。
同情なんかするか。
無断外泊も、女の家行こうとしたのも、しなけりゃ良かったんだ。
頭冷やした方がいい。

俺と居たくて、って。
……バカじゃん。

――頭の中はごちゃごちゃなのに、なんでこんなに胸がじくじく痛いんだろう。

俺は勢いよく立ちあがっていた。
玄関で屈み、靴を履いてる背中に「ケーキあるから待て」と一言、声を掛けるはずだった。しかし、一直線に三橋のもとへ向かうと、バスタオルを投げつけて、そのまま身体を抱きしめていた。
なぜそんな行動をしてしまったのか、もう分かっていた。







「あっ、あべ、く…っ」
「すぐ泣くんじゃねーよ!」
「こ、これっ、これは、」
「顔汚ねーし、髪ビショビショだし、そんな格好で外行くな!風邪引くに決まってるだろ」
「…でも、あべく、帰れって、」
「お前ほっとけねえんだもん!」




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