初夏の処方箋 7

「三橋ね、よく阿部の家泊まりに行くって嬉しそうに俺に報告してくれるんだよ」

毎晩泊まっていくから居心地悪くないんだろうなってのは分かってたけど……他人の口から「嬉しそう」って聞かされると、なんかいいな。

「引っ込み思案の三橋がさ、せっかく気難しい阿部なんかに懐いてくれたんだから。怒らないで、優しく話聞いてあげたら?」
「なんかって、なんだよ」
「まぁいいからさ、早く三橋のとこ行ってあげて。ほらほらっ」

俺の友情ダッシュ、無駄にしないでよ!と水谷がぐいぐい背中を押してくる。

「あーもう、わかったよ!」
「仲良く頼むね」
「おー!」

押されて前に出していた足を一歩、自分の力で踏み出した。すると二歩、三歩とすぐに駆け足になっていった。

胸の奥に悶々としたものが残っている。
でも、これは俺の問題だ。三橋は関係ない。三橋にはなんにも頭を悩ませず、思いっきりボール投げさせてやりたい。
それが、俺の願いで、捕手の務めなんだ。

(三橋の笑顔を俺が消してどうすんだ!)

俺がなにより、大事にしたいものなのに。









小雨のぱらつき始めたグラウンドには、ボールがネットにぶつかる音だけが響いていた。
ネットの回りにはボールがいくつも散乱している。
指示してあった球数制限を超えているだろう数。

「三橋」

パシッ。
ボールの鈍い音。
まるで気持ちが入ってない。

「…三橋!」

二度目の呼びかけで、ようやく三橋がこちらを向いた。
ひどく動揺して、どもりながら「阿部くん」と言ったきり、黙ってしまう。

「雨降ってんぞ」
「あ…」

まるで、やっと今気付いたというように、三橋が灰色の空を見上げた。
集中し過ぎていたのか。いや、考え事をしながら投げていたせいだろう。

「もう、あがれ」

片づけは後でやるとして、まずは三橋を暖かい所へ連れていかなければ。話はその後だ。
三橋の腕を掴むと、表面だけやけに冷たい。急いで部室へ引っ張って行こうとすると、ぐっと抵抗が返ってくる。
振り向くと、三橋が涙目で俯いていた。







「三橋…」
「ごめん、ねっ」
「……」
「…オ、オレっ…阿部くんに甘え、てた」

三橋は目を潤ませて、だけど必死に俺へ何か訴えようと、声を絞り出していた。

「オレ……勉強も、できなくて、球も、遅い…。全部、阿部くんいないと、でき、ない」
「三橋は頑張ってるよ。でも、こんな雨の中でまでやることねーよ」
「オレ、雨は平気!風邪とか、ひかないっ。あ…阿部くんのベットも、せまくないっ…、す、好きだよ!」
「え」
「だから、練習して、はやく一番になりたい。…オレが良い投手になれたら、阿部くんち、また泊まっても…大丈夫、だよね?…お、怒る?」
「…!」

なぜ突然そんな話の展開になるんだか、やっぱり分からなかった。
でも、三橋が一生懸命考えて思いついた言葉なのは、すごく良く分かる。

「怒らねえ。いつでも来いよ」
「あべく…」
「だから着替えて、さっそく俺んちの風呂入ってけ。部室のシャワーよか、湯舟の方が温まるし。来いよ」
「う、うん…!」

次第に冷静になってくると、今日のことはすべて俺が三橋を振り回してしまった結果だったと、ようやく気付くことができた。

どんどん悪い方向に行ってしまったけれど、俺も三橋も、すべてお互いのことを思って行動していただけなんだ。
となれば早くこの頭のモヤモヤを解消しよう。
三橋にはうるさく言うくせに、大したことない、ほっとけばそのうち治るじゃダメだったんだ。




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