初夏の処方箋 6
ミーティングが終わると、俺はまた三橋を置いて家に帰った。 置いて帰るもなにも、自分の部屋に帰るだけなんだけど。 それにしても、一人の帰路はずいぶんと久しぶりだった。ここ最近はずーっと三橋と一緒だったことを、改めて実感する。 なのに今日は、久しぶりに怒鳴りつけてしまった。 いや、俺は悪くない。 けれど出るのは溜息ばかり。鉛色した空も手伝って、足取りは重く、いつもより長い道程に感じた。
「阿部〜」
学校を出てしばらくしたところで、背後から知った声に呼び止められた。
「水谷」 「はぁ、間に、合った」
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追いついてきた水谷は、膝に手を付いて乱れた呼吸を整える。 ミーティングのあと何事もなく別れたはずなのに、一体どうしたんだ? 不思議だったが、俺は不機嫌を隠さないで言った。
「用があるなら電話しろよ」 「だって、切られそうだったから」 「なに言うつもりだ」 「三橋、置いて帰っちゃうのか?」
水谷は、いつものへらへらした顔を引っ込めて言う。 頬に冷たい水滴が当たった気がした。
「……悪いかよ」 「うわぁ、なにその反応。ケンカしてるの?」 「別に?」 「三橋さ、ミーティングのあと投球練習するって言ってたんだ」 「へえ」 「昨日試合したんだからほどほどにねって言ったんだけど、なんか様子ヘンだったよ。俺、心配でさ」
そういえば、さっき怒ってから顔も見てない。 ミーティングの時も離れて座った。 そんなに落ち込んでるのか…?
「行ってあげたら?」 「そう思うなら水谷がみてやればいいだろ」 「いや…俺じゃ三橋を元気にしてあげれないでしょ?何怒ってるのか知らないけど、阿部が行ってあげないとさ」 「……」
三橋に何を言えっていうんだ。 あいつが勝手なことしたから怒っただけだ。 どうせ明日も会うんだし、今日は頭冷やさしておけばいいんじゃないのか。
「あと『おめでとう』って言ってあげた?」 「…おめでとう?…って?」 「今日、三橋の誕生日だろ」 「――あっ」
マヌケな声を出して驚く俺に、水谷はもっと驚いたようだった。
「まさか忘れてたの!?高校ん時にお祝いしたじゃん!」
そんなこと言われても、自分のことで頭回らなかったし…! ってか俺、そういうマメなこと苦手なんだよ。 そうは言っても、昨日の夜からずっと一緒にいたのに一言もナシはたしかに酷い。 俺は誕生日とかどうでもいいけど、三橋は祝われるの、好きそうだ。
「阿部、サイテー!早く仲直りして、お祝いしてあげなよっ」 「んな女みてーなこと、……あっ!!」 「今度は何っ?」
――誕生日だから、ケーキ屋の女のところに行こうとしたんだ!
三橋はバースデーケーキが食べたかったんだ。 それだけの理由で、いきなり女の家行くなんて言い出したんだ。 大学生になって浮かれてんのかと思ったけど、違ったんだ。 くっそ。分かりにくい!
「ケーキってそういうことかよ…」 「ケーキ?いいじゃん、いいじゃん。きっと三橋すごい喜ぶよ〜!」
勘違いした水谷が名案とばかりに拍手する。けどまぁ、良い考えだ。
「あいつ、食い意地はってるからな」 「ねー。でもうまそうに食べるんだよね」 「そうかもな」
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