初夏の処方箋 2
いつのまに寝たのか、気付くと朝になっていた。 熟睡したような気はするが、短時間のせいか、少しだるさの残る目覚めだ。 最近こんなことばかりで慣れた反面、俺は案外繊細なんじゃないかと思い始めたのだが。
「阿部の目の下、クマできてるね」
昼休み、学生食堂で一緒になった水谷に話すと、そんなことを指摘された。
「マジ?」 「うっすらと」
水谷は「午後からの授業は頭が回らないから」と言って、大盛りのカレーライスと甘ったるそうなカフェオレをプレートに乗せている。 俺は並盛りの牛丼と、頭をすっきりさせたくてブラックコーヒーを注文した。
「俺って神経質なのかもな。ストレスになるようなことしてねぇつもりなんだけどさ」 「……あのさ、神経細やかだったら、三橋泣かしたり怖がらせたりするような言動はできないと思うよ?」 「それ昔の話だろ。最近はそうでもねーよ」
確かに高校時代は三橋のことが理解不能で(…今もそうだけど)よく怒鳴ったりしてしまった。 けど、今は。 結構仲良くやってるだろ。 ムキになるが、水谷はカレーを口に運びながら「え〜」と言う。
「一緒の練習時間が減ってるからじゃないの?うちの野球部、規模でかいし」 「関係ねぇよ。部活なくたって三橋はしょっちゅう家に来るから」 「へぇ。ホントに仲良くやってんだね」 「それなりにな」 「ねえ、ふたりで何してるの?ゲーム?」 「自主練とか試験勉強とかやってる。ゲームってかんじじゃねぇな、あいつとは」 「ふーん…」
水谷は不意に考え込むと、言いにくそうに口を開いた。
「ってかさ、…あ、三橋が悪いって意味じゃないよ!けどさ、勉強やって、野球部やって、放課後も友達と一緒って……一人の時間少ないせいで疲れてるんじゃないの?」 「それはない。三橋にもその心配はない」
即答すると、水谷が「なにその自信!」とちょっと引く。
「俺、三橋に気ぃ遣ってねーもん。いや、あいつの体調管理は気にしてるけどさ。それに三橋、よく食うし、夜は熟睡だぜ」 「そうなんだ…」 「そうだよ」 「…じゃあ、阿部の寝不足の原因、分かんないや」
大方そんな結論になるという気はしてた。 だって、俺にも分からないんだ。 結局は自分自身で解決するしかないんだろう。
「使えねーな、クソレフト」 「ちょ、それ大学でも広めないでよ!」 「そりゃ水谷の腕次第だろ」 「えーっ」
慌てる水谷の向こうに、キョロキョロしている人物が見えた。三橋だ。
「三橋ー、こっち」 「相談乗ってあげた俺を無視!?」
三橋は、俺の顔を見つけて走ろうとして、ハッとして早歩きでこちらに来る。 そうそう、人混みは危ないから走るなよ。
「阿部くん。水谷くんも」 「三橋ー。聞いてよ、阿部がさぁ」
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俺の言葉が三橋に浸透しているのは、嬉しいし、ホッとする。 今一番頑張りたいことは、野球。 野球に対しては不安も悩みもないはずなんだ。 だから、練習に打ち込んでいれば、眠れないのなんてそのうち治るさ。
*
翌週のK大との練習試合は、1対0で勝利した。 それに俺の狙い通り、7回まで三橋一人で無失点に抑えることができた。あわよくばと思っていたノーヒットノーランは達成できなかったが、なかなかの強敵相手に良い結果だった。三橋は最後まで投げたがっていたけど、これで充分に監督へ俺と三橋のバッテリーが認められただろうし、大満足だ。
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