◇あべみは短編 | ナノ

眠るきみに秘密の愛を

ふと廊下の窓を見上げれば、茜色から群青色のグラデーションをまとった空が見える。
三橋たち9組の演劇も無事に終わり、学園祭も終盤。残すところはキャンプファイヤーを囲んでのダンスや閉会式となった。

クラスの模擬店の片づけを一通り終えた俺は、また9組に向かった。

「三橋」
「あ、あべく」

さきほどまで慌ただしかった教室内も、ややまったりムードになっている。
三橋もさすがにもう着ぐるみは着ていない。ちょっと残念。
でも楽しそうな三橋の顔を見ているだけでうれしかった。
コイツの中学時代を思えば、なおさら。

「ちょっと抜け出せるか?」
「?抜ける、の」
「…うん、」

三橋と二人きりになりたい。
喧騒にまぎれて耳元で囁けば、目の前の頬が赤くなる。
それでもコクンと頷いた三橋を連れて教室を出ていく。田島あたりに見つかるとうるさいから、こっそりと。

キャンプファイヤーをするグラウンド方向へと流れていく人波に逆らって、俺達は体育館裏に潜んだ。

「ほれ。差し入れ」
「え?…お、おおっ!クククレープ だっ!!」
「クラスで作ってたんだぜ。チョコ好きだろ?」
「うん!…あべく、あり、がと…」

あんまり一緒にいられなくて、正直つまらなかったけど……この笑顔で不満も全部消えてしまう。

「いただ、きますっ」

お腹が空いていたのか、三橋は勢いよくクレープにかぶりつく。
思わず吹き出してしまったが、気付かないくらい食い物に夢中のようだ。
少しだけ肩に寄り掛かると「わっ」と驚いた声がして、やっとクレープからこちらへ意識が向いた。
…本当は抱きしめたいけど、ここ学校だしな。我慢だ。
慌てたような三橋の声が頭上から降ってくるが、無視して目を閉じる。

「食べてていーよ」
「え、あ…うっ、うん…」

しばらくもぞもぞと身体が動いていたが、またクレープを食べ始めたようだ。
グラウンドの方から騒がしい声と司会のマイクが届く。
風に乗って、かすかに煙の匂いがした。

「あべくん?」

じっと目を閉じて、三橋の体温を感じていた。
もう食べ終わったのかも。でもなんとなくこのまどろんだ雰囲気がもったいなくて返事を返さずにいると。
突然。
額のあたりで「ちゅっ」とリップ音が響いた。

「!…三橋いま」
「うわわわっ!!あっあべく、おき、起きて!?」

見上げると、真っ赤になった三橋の顔。
この反応…さっきのって、やっぱり俺にキスしたんだよな。
そう確信すると、釣られるように恥ずかしさを感じてしまう。

「寝るかよ。無意識になって、大事なおまえの肩に体重掛けるわけにいかねぇだろ」
「…ごめ…っ。あべくんの寝顔、か、かわいく、て…」
「なんだそら…。怒ってねーよ。つーか、」

言葉を切ると、仕返しのようにチョコの付いた唇にキスをした。

「うれしいし」
「…あべ、くん」
「もう行こうぜ」
「え…?も、もう?」
「もうダメ。二人でいたらもっとしたくなるし」

三橋は大きな瞳をぱっちり見開く。それから一人赤い顔であっち向いたりこっち向いたり、口はあんぐり開いたまんまだし、落ち着かなくて、俺は笑い声をあげてしまった。
三橋はまたびっくりした顔をしていたけど、頭をなでてやると落ち着いた。

「行こう」
「う、んっ…」

しゃがみこんだ三橋に手をさしのべれば、おそるおそる手がのびてきて、力強く握られた。

部活してた方が三橋と一緒にいられるからいいなんて思っていた俺も、浮足立ってたんだな、なんて今頃気がついた。




End.





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