◇あべみは短編 | ナノ

狼まであと何秒?

ぴょこんと小さくとがった耳。
ふわふわの大きなしっぽ。
茶色い手は、ギュッと、どんぐりを抱いて。



「あ…あべく、ん…?」

かわいらしいリスの姿をした三橋が、不思議そうにこちらを見上げている。
危うく手を伸ばしかけてハッとした学祭当日、9組の演劇開始30分前。

「おい!村人役じゃなかったのかよ!?」
「あっ あう、オレ…違ったん、だ」
「はぁ!?」

思わず声を荒げる俺の肩を、ポンと浜田が叩く。

「可愛いだろ?」
「…。村人役って聞いたんだけど」
「こっちのが舞台に華を添えれるっての?三橋だけじゃないぞ!みんな森の仲間達なんだ!」

浜田はまるで劇中の役者ぶりに大きく手をかざす。
その先には、不機嫌そうなウサギと落ち着きのない小鹿…いや、泉と田島がいた。

「田島以外はさっき知らされたんだぜ。三橋に怒んなよ」
「お嬢さんどこ行くんですか!」
「台詞練習だから気にするな、阿部」

泉の苛々した声は多分、俺に向けられたものじゃなさそうだ。
浜田は「さて準備準備〜」なんて白々しいかんじに逃げていく。

「チッ。あんにゃろう」
「お嬢さんどこ行くんですか!ねぇ俺バッチリっぽくね!?」

こんなんで本番大丈夫なのか?
つい心配になってしまったが、とりあえず田島は乗り気のようだ。
泉も、まぁ…不満はあっても元々器用な奴だからな。
問題はやっぱり三橋か。

いや待て。こないだ三橋台詞のない役だって言ってたな!
ただ舞台に立っていれば……そうだ、華を添えられるのか!!
なんだ、浜田の奴、そういうことかよ…!

ホッと一安心してくるりと振り返る。と、またリスの着ぐるみを着た三橋を目の当たりにして、うっとりしそうに…いけないいけない。

「あべ、く」
「それリス?」
「あ、うっ、うん!…へ…変じゃ、ない…?」


かわいーよ!!!


叫びそうになって結局、

「…わぃーよ…」
「…え、?」

三橋といると、時折あまりの自分の小心っぷりに情けなくなる。
あべくんもっかい言ってという声に聞こえないふりをして、俺はポケットから携帯電話を取り出した。




End.





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