狼まであと何秒? ぴょこんと小さくとがった耳。 ふわふわの大きなしっぽ。 茶色い手は、ギュッと、どんぐりを抱いて。 「あ…あべく、ん…?」 かわいらしいリスの姿をした三橋が、不思議そうにこちらを見上げている。 危うく手を伸ばしかけてハッとした学祭当日、9組の演劇開始30分前。 「おい!村人役じゃなかったのかよ!?」 「あっ あう、オレ…違ったん、だ」 「はぁ!?」 思わず声を荒げる俺の肩を、ポンと浜田が叩く。 「可愛いだろ?」 「…。村人役って聞いたんだけど」 「こっちのが舞台に華を添えれるっての?三橋だけじゃないぞ!みんな森の仲間達なんだ!」 浜田はまるで劇中の役者ぶりに大きく手をかざす。 その先には、不機嫌そうなウサギと落ち着きのない小鹿…いや、泉と田島がいた。 「田島以外はさっき知らされたんだぜ。三橋に怒んなよ」 「お嬢さんどこ行くんですか!」 「台詞練習だから気にするな、阿部」 泉の苛々した声は多分、俺に向けられたものじゃなさそうだ。 浜田は「さて準備準備〜」なんて白々しいかんじに逃げていく。 「チッ。あんにゃろう」 「お嬢さんどこ行くんですか!ねぇ俺バッチリっぽくね!?」 こんなんで本番大丈夫なのか? つい心配になってしまったが、とりあえず田島は乗り気のようだ。 泉も、まぁ…不満はあっても元々器用な奴だからな。 問題はやっぱり三橋か。 いや待て。こないだ三橋台詞のない役だって言ってたな! ただ舞台に立っていれば……そうだ、華を添えられるのか!! なんだ、浜田の奴、そういうことかよ…! ホッと一安心してくるりと振り返る。と、またリスの着ぐるみを着た三橋を目の当たりにして、うっとりしそうに…いけないいけない。 「あべ、く」 「それリス?」 「あ、うっ、うん!…へ…変じゃ、ない…?」 かわいーよ!!! 叫びそうになって結局、 「…わぃーよ…」 「…え、?」 三橋といると、時折あまりの自分の小心っぷりに情けなくなる。 あべくんもっかい言ってという声に聞こえないふりをして、俺はポケットから携帯電話を取り出した。 End. 前 次 Text | Top |