02/28:キング。 午後7時過ぎ。ドアに手をかけた瞬間、「やめろっ!」という悲鳴が上がった。 それが宍戸さんのものだと脳に伝達がいくと、俺はラケットバックを投げ出して部屋の奥へと駆け出していた。バスルームからドドドド…と水の流れる轟音を耳が拾う。 曇りガラスの戸を壊れんばかりの勢いで開けると、風呂場で宍戸さんと跡部先輩が取っ組み合っていた。 「やめろって!なにしやがるんだ」 「バカでも入れば良さが分かるさ」 「性に合ねーよ、こんなモン!」 「あーうるせえ、喚くな…。――ああ、鳳。丁度いいところに帰って来たな」 「…な…にを…してるん、ですか…」 「俺様の好意に感謝しな」 脈絡のない返事をした跡部先輩は、俺の横を通るときに「宍戸には宝の持ち腐れだな。これはおまえにやる」と言って小さなボトルを手渡して出て行った。 跡部先輩、それから滝先輩は今日一足早く寮を出て行くらしい(まぁ、もうほとんどの先輩が寮を出て行っている中で、こんなにギリギリまで残っているのは俺の部屋周辺の3年生ばかりだけれど) 呆然としてつい受け取ってしまったものを見ると、それは入浴剤だった。風呂の淵に手をつき俯いている宍戸さんを見てなんとなく事の顛末を悟った。 風呂に張った湯が鮮やかなライムグリーンに染まっている。 「…ローズじゃなくて良かったですね」 「のん気なこと言ってんじゃねえよ」 呆れる宍戸さんに笑顔を返して、もう一度、湯気を呼吸した。青い柑橘系の香りはコートで走り回る宍戸さんを思わせる、爽やかな匂いだった。シトラス、ミント、レモンバーム、エトセトラ…。 「俺、この匂い好き」 「俺はフツー」 「一緒に入りませんか」 「……いいけど」 いつもはシャワーで済ませることが多いけど、せっかく宍戸さんが用意してくれてたから。 本日は、最後の夜。 前日 翌日 ちょ誕企画 | Text | Top |