◆中学生日記 | ナノ

02/27:二人で帰ろう。


水曜日の今日は朝練も休み。
隣室へ宍戸さんを引き取りに行くと、宍戸さんの死角で忍足先輩に肩をポンと叩かれた。忍足先輩も俺達のことを心配していたのだ。申し訳ない気持ちになって、笑顔も返せずに頭を下げた。

そのあと、すぐ自室に戻らないで二人で散歩へ出かけた。
部屋に戻る前に、仲直りしたいと思って。


寮の近くの公園へ着き、ベンチに並んで腰を下ろした。
自販機で買ったホットの缶コーヒーを宍戸さんに渡す。

「サンキュ」

二月の寒空に降り注ぐ朝の光が清々しく張りつめている。
宍戸さんの笑顔は対比したように沈んでいた。
向日先輩の言葉がふと蘇る。


――すっげー暗いし落ち込んでるし、

――捨てられた猫みたいな顔してるぜ。


「…宍戸さん……勝手なことして、ごめんなさい」
「…俺もごめん。出てったりして」
「謝らないで下さい。俺のせいですから。あんなことで宍戸さんの気持ちが分かるわけもないのに、止められなくて……。昨日まですごく自己中心的な頭してたんです。今なら寂しさも甘えもなんでも受け入れてもらえるって、そう考えてました」
「ひでえな」

少し笑う宍戸さんはとても穏やかだった。絶対に怒っているだろうと思っていた俺にはその胸の中は分からない。
家出させちゃったり、作り笑いさせたり、怒らせるどころか落ち込ませて。
宍戸さんをこんな弱らせてまで、俺は何がしたかったんだろう。

「まあ、もっと自己チューなのは俺なんだけど。…長太郎も悪いんだぜ」
「はい…」
「俺が言ってんのは、今おまえの思ってることじゃねぇよ。もっと前のことだ」
「え…?」

もっと以前に宍戸さんを傷つけるような何かをしていた…?
昨日までの最低な自分を思い出してみるけれど、頭に浮かぶのは出て行かれる前に見た、ショックに目を見張る宍戸さんだけ。その時は実際に力づくでわがままを押し付けて、衝動に駆られながらも傷付けることは分かってた。だから怒られると思っていたのに、そうじゃなくて。
それ以前に悲しませるようなことをしたと言われると…何も思い当たらない。
考え込む俺の横から大きなため息が聞こえた。

「鈍感」
「…すみません、全然分からないです…――イタッ!」

突然、太腿を思いっきり抓られた。刺激に俯いていた顔を上げると一言吐き捨てられる。
ダッセェ。

「“思い出作る”って言った。2回も」
「え?……どうして思い出作っちゃダメなんですか?」

思わず脚をさする手を止めて聞き返すと、また盛大なため息。
けれど、まさかマイナス要素になるとはまったく考えていなかったことだ。

「…ほんと激ダサだな。バレンタインにもらったチョコレート全員に返して来いよ、詐欺野郎」
「…あの…お望みならそうしますけど…宍戸さんの以外は」
「るせぇ。矛盾してんだよ、命令とやってることが。だからムカついたんだっつの」
「命令って…バレンタインのときにした、高校でも同じ部屋になりましょうってやつですよね?」
「そうだ。分かってんじゃねぇか。長太郎が言ったんだぞ。……だからさ…また一年後には俺達、元通りじゃねえのかよ。それなのに思い出思い出って、まるで永遠に別れるみたいな言い方しやがって。そんなに別れたいのかよこいつとか思った」
「まさか。そんなことあるわけないじゃないですか。別れたいなんて言われたって、俺の方が無理です」
「と言うだろうと最初は思ってたけど。2回目は身体で言うこと聞かせようみたいなクソ生意気な行動に出たから、マジ腹立った」

土を蹴る宍戸さんの靴音に、俺は身を竦ませて反省した。

「…仰るとおりです…返す言葉もございません……」
「けど女々しくショック受けてる自分の方がでかくて、気持ち悪くて、部屋出てった。ごめん」

ズボンのポケットに両手を突っ込んで、ぶっきらぼうに謝罪する宍戸さん。
ほとんど反射のように「俺の方が、ごめんなさい」と言うと、黒い釣り目がわずかに伏せられる。
でも口は固く引き結んだまま、まるで弱い自分を中に押し込めているように見えた。

「思い出とか言って、ごめんね。最後とか別れるとか、悪い意味で言ってたわけじゃないんです」
「知ってる。俺がバカで素直じゃねぇのも、知ってる」
「俺はどんな宍戸さんも大好きです。これからも見捨てたくなるくらい失敗ばかりすると思うけど……それでも、少しでも俺のこと認めてくれたら、宍戸さんもカッコ悪いと思ってるところ、少しだけ見せてね」

唇越しに当たった歯が痛い。
ぼやけた視界へ最後に映った宍戸さんの瞳が、水分量を制御出来ず困ったように揺れていた。

こうして宍戸さんの本当の気持ちが明らかになったことは反面良かったことかもしれない。
道程は離れ裂かれて紆余曲折があったとしても、辿りつく先は同じなのだと教え合えるから。


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