02/16:ふたりの結末。(後半) (※投チョコ結果文、後編。なんだか長め。そして微裏…微裏?とにかく苦手な方は注意) 「次。おまえの命令とっとと言えよ」 「あ、はい」 ぶっきらぼうな宍戸さんに、俺はやっと口元をひきしめた。 でもしばらくは、すごく愛されてるんだなって自惚れちゃいそうですね。へへ。 「あのですね…かなり先の話になるんですけど、今日する約束、守ってくれますか?」 「かなり先?…1か月後とか?」 「1年と2か月後です」 「長ー…」 「聞いてくれます…?」 「いいけど」 ちょっと緊張してきた。 あっさり快諾してもらえるような内容じゃないし。 けれど、宍戸さんの気持ちを信じて言おう。 「俺も来年、氷帝の高等部へ進学します」 「知ってる」 「また寮にも入ります。…それで…あの、2年生からは同室の人を自由に選べるって話を聞いたんです。学年も分け隔てないそうですね」 俺がすべてを話す前に言いたいことを悟ったのか、宍戸さんはみるみる引きつった笑顔になった。 「…俺に…来年の春からの同居人に、おまえを選べって?」 「はい」 俺のたった一つの、そして最大の願い。高校生になったらまたできるだけ早く宍戸さんに近づきたい。 でも俺からは近付くことができないから、宍戸さんに手を差し伸べて欲しい。 俺を傍に置きたいと思っていてくれるなら。 「それさ、すっげー恥ずかしくねえか?…周りの奴らは99%同学年の奴と組むんだぜ。俺だけ新入生のおまえと組みたいって言うのか?…間違いなく悪目立ちするだろ」 驚かれてこういう反応されるだろうなとは思っていた。 俺はめげずにお願いを続ける。 「じゃあ、どっかの先輩と同室になるの?」 「そうは言ってねぇよ」 「俺は一年離れるだけでも辛い。甘えたいわけじゃなくて、チャンスがあるならなるべく早く傍に行きたいんです」 「……」 「…遠くにいて会えないのが寂しいなら、近くにいて触れないのは…もっと、苦しい」 宍戸さんは沈黙してしまう。その間に俺の頭には色々な説得の言葉が浮かんだけれど、どれも声になる前に喉の奥へ戻っていった。 結局は宍戸さんの気持ち一つで決まること。 それなら余計な口出しはしないで、一人で決めてもらいたい。 俺はそういう答えが欲しい。 「……俺とおまえは、ダブルスだかんな」 「え…?」 言葉の意味を探るように顔を伺うと、なんと宍戸さんはへらりと笑っている。 「同室になっても、そんなおかしな組み合わせとは誰も思わないだろ。長太郎と俺がよく一緒にいるのは周りの奴らも知ってることだし。あいつらが黙ってるわけないから、絶対なんか言われるだろうけど…最初だけ恥ずかしいの我慢すれば慣れる、だろ。…ほら、人の噂も四十五日ってな」 にっこり笑う宍戸さんは嘘も無理もなくて、俺は了解の返事に一層嬉しい気持ちになった。 「…宍戸さん。七十五日です」 「あ?まぁ日数はいんだよ。とにかく俺はおまえの命令聞いてやるよ。1年と2か月後にな」 重大なこともサラッと決断してしまう。 こういう宍戸さんの心の広さが、俺はとても好きだ。 大好き。 「…ありがと…」 幸せすぎて、照れ臭い。 顔の熱を冷ますように下を向いた。 けれど宍戸さんは敏感に気付く。 「おう。…って長太郎、顔あっかー!ははは」 「だ、だって……ちょっと心配だったんですよ…断られるかも、て」 「ふん。まぁ確かにすっげーびっくりしたけど」 「…良かった…うれし…。なんか気ぃ抜けました…」 「長太郎はなんでも緊張しすぎな」 頭を撫でられ、自分をふがいないと思いながらもその指がうれしくて仕方ない。 「今のは緊張するなっていう方が無理ですよー」 言いながら宍戸さんの腰に抱きつくと、くすぐったいのか腕の中で身じろぎされる。 「甘えてんじゃねえよ」 「今だけ、」 この頃、情けないほど甘えているのは分かっていたけど、そうせずにはいられなかった。 宍戸さんが許してくれるから。 1年と2か月後の約束も見事に取りつけて胸がいっぱいになった俺は、宍戸さんに唇を近付けた。 「今だけですから。砂糖見るのも嫌になるくらい甘えさせて下さいよ。1年離れても耐えられるくらい、宍戸さんのこと覚えておかないといけないんです」 キスをすると身体の重心を預けるようにその背を抱きしめる。 「3日も続けて覚えさせねぇといけないのかよ」 逆らうように胸を押し返してくる宍戸さん。 けれど本気の力じゃない反抗だ。 「不能より良くない?」 「バーカ。変態」 「自分でも我慢できてないなぁとは思うんですけどもね。…この頃どうかしてるんですよ。確かに変です」 「認めてんじゃねぇよアホ」 「あとね、宍戸さんからチョコ欲しいんです」 「は?話飛んで……あ。忘れてた」 「なに?」 素早く俺の拘束から逃れた宍戸さんは、机の中を探り出し、掴んだそれを俺に差し出した。 「ん」 その手にはどこにでも売られているような板チョコが一枚乗せられている。 包装もなく、見慣れた茶色いパッケージと銀紙のまま。 「え…チョコレート用意しててくれたんですか?」 俺の色めき立つ声を宍戸さんは一蹴する。 「違う。それはジローと岳人からの誕生日プレゼント。“おめでとう、ちょたろ”だってさ」 先週3人で遊びに行った時、渡しといてと頼まれたらしい。 なんだぁ…と酷く落胆する俺に、宍戸さんはもう一言付け加えた。 「なんで男の俺がおまえにチョコやんなきゃなんねえんだよ…って思ってるんだけど」 「?」 「…“俺から”って言って渡せってさ。あいつら」 「えぇ?」 「俺からって言った方が長太郎はビックリするんだと。…おまえ、あいつらになんか言ったの?」 「まさか。秘密は厳守してます」 宍戸さんよりは。 人の前で、寝言で甘えたりしないもんね。 「おそらくそこまで深い意味はないですよ。ありがたくいただきますね」 「おう。…っつかさぁ、それだと長太郎の勝ちになるんだよな。チョコ勝負」 「なりませんよ」 「は?なんで?」 「これは特別。宍戸さんのは1個が1個じゃないんです。もうさっきお互いの命令を聞いたし、勝負は終わってます」 「なんか理由になってない気もするけど…」 宍戸さんからの(ということにしたい)チョコレートを、他のとは分けてテーブルの上に置くと、宍戸さんのスウェットの端を握った。 「勝利よりも愛を下さい。…さっきの続きさせて?」 「……ほんと、おまえはさぁ…」 宍戸さんは少し顔を赤くしながら、ゆっくり隣へ座ると抱きついてきた。 「別に甘やかしてるわけじゃねぇからな」 「…ありがとう。宍戸さん」 そっと首筋に吸いつくと、「俺もどうかしてる」という小さな呟きが耳を掠めた。 「…長太郎、……いつまでそうやってるつもりだよ…」 「ん…?」 床に押し倒した宍戸さんの胸から顔を上げ、黒い瞳を覗いた。 「いつまでちゅうちゅう吸ってんだよ」 「いつまででも」 「しつけぇ」 そう悪態を吐いて下から睨み上げる宍戸さんも、目は潤んで息もあがり、感じているのは明らか。 それが愛しくてたまらなくて、弱く優しくその肌を堪能したくなる。 「昨日は誰かさんのせいで急ぎ気味だったでしょ?だから今日はゆっくりしたいな」 でも…、もうそろそろ限界かな。 最初は嫌々だった宍戸さんの方が俺よりもずっと興奮してきてる。 あんまり焦らしても可哀想だし、もう、 「……もぅ、……りだ」 「…え?」 「…っもうムリだっつの!」 「え!?あっ、逃げないで下さいって!」 仰向けの体を反転させると、宍戸さんは俺の下から這い出て行こうとする。 「これ以上我慢させてぇならヤらねえっ!一人で抜けバカ!」 「わっ、あ、ちょ、ごめんなさ…!もう焦らさないから、暴れないで」 「最近テメェは生意気なんだよ!」 力の入らない身体は簡単に抑え込めたが、罵声が止まらない。 「離せっ」 「ごめんなさい、調子乗りました、もうしません!」 背中を抱きつつ耳元に囁くと、数分の攻防を凌いで、俺の下の熱い身体が徐々に落ち着いていった。 本当にもったいぶらせ過ぎたかも。…すごい熱い。 「ごめんね。もう俺も限界だから。ごめん」 床と腰の間に腕を差し込んで、部屋着のスウェットに手を入れる。 「……、…今度やったらマジ途中放棄」 この度は俺に委ねてくれるらしい。 横目で睨まれ、その鋭さと可愛さに苦笑いで謝罪した。 「すみませんでした…」 許しを請うように赤い耳たぶにキスすると、細い身体が縮こまる。 覆いかぶさったまま片方の手で浮かせた腰を支え、もう片方の差し込んだ手を緩やかに動かした。 途端に漏れ始めた鼻から抜ける吐息を聞くと、さっきまであった冷静な心はすぐにどこかへ吹き飛んでしまう。 早く、息だけじゃなく声も引き出してみたい。 欲求に駆られるままスウェットの中を弄ると、そこ以外からも快感を知らせる音が響きだす。 フローリングを引っ掻く爪や、もがいている足と足の衣擦れ。 そうしてようやく、宍戸さんの熱も分からないほど自分の身体が温まっていることに気づいた。 「……あ、……」 追い詰めたくなるその声に、なけなしの理性が溶けていく。 「宍戸さ――」 ドンドンッ 突然聞こえてきた大きな音に二人とも態勢もそのままに身体を硬直させた。 ノックする音だと頭が理解した頃、元気な声が扉越しに叫んだ。 「しっしど〜!ちょたろー!!」 ジロー先輩の声だ。 なぜ彼まで“ちょたろ”と言うのかということが一瞬頭の隅を掠めたが、そんなことはどうでもいい。 「あいつらまだ起きてるかぁ?」 向日先輩もいる…! ――あっ、分かった。チョコの数を聞きに来たんだ。 「まだじゅーじはん!起きてるだろぃ!」 「その喋り方やめろよ」 こんな時にここへ来るなんて。 動転した顔で宍戸さんが俺を振り向く。アイコンタクトで鍵はしっかり施錠してあったことを教えると若干安心したようだ。 けど、肩を竦めたまま混乱してる。 「宍戸さん…、大丈夫。静かにしてましょう」 小さな声で耳打ちすると黒い頭がこくりと頷き、俺達は一切の気配を絶った。 「返事なーい」 「寝てるな、これは」 「っかしいな…。さっきちょたろが『これから宍戸さんとチョコ数えます』とか言ってたんだけどよ」 「あいつらすんげーもらってたよな。侑士はともかく、宍戸なんて去年まで俺以下だったのに。クソクソ」 「うまそーなチョコあったら味見してえな〜!」 「明日でいくね?今食べても虫歯になるぜ」 「今食べたーい!おーい、宍戸ーちょたろー!」 またドンドンとけたたましいノックの音。 考えたら、ここの寮にはインターフォンも付いているのに、どうしてノックをするのだろう。 うるさい打音にやけに焦って、部屋の照明すら煩わしい。消しておけばよかった。いや、そんな余裕なかったか。とにかく音をたてなければ……、 「ん」 するとその時、小さく押し殺したような声が宍戸さんの口から漏れた。 「…どうしたの、宍戸さん」 小声で聞くと、宍戸さんは苦しそうに身体を震わせて呟いた。 「……ちょ、たろ…、…て、…はなして……」 真っ赤な頬。 汗でしっとりした髪。 弱々しく下がった眉にハッとした。 「…え…?……あっ!」 気付いた時にはもう遅い。 いまだに宍戸さんの下肢に触れていた手を慌てて離す――けれど、驚いて大きな声を出してしまった。 「…っ、バカ…!」 かすかな声で叱責されても後の祭り。 「あ?」 「なんか聞こえた。起きたか?」 「チョーコ!チョーコ!」 俺の声に希望を見出したジロー先輩がチョココールとともにまたノックを始めるだろう、というときだった。 「テメェらうるせーんだよ!」 「ゲッ、跡部」 「侑士」 「なにしてるん?」 「こんな夜になにギャーギャーやってんだ!」 「俺なんもしてねーって!ジローが」 「うるさいんだよ!樺地が眠れねぇだろ」 「だってチョコが…」 「ジロー。跡部んとこ行きぃな。ちょたワンコんとこよりもぎょうさんあるやろ?」 「…テメー何勝手なこと言い」 「それいーじゃん!名案だな!」 「おい、ふざけ」 「がっくんもチョコ食べたいん?俺のやろうか?」 「そんなんじゃねぇよ。あいつらにチョコの数聞こうと思っただけ。ちょっとした興味だ」 「ほんなら部屋戻ろ。寝よ」 「あー、跡部のチョコなんて絶対すげーよな!俺、ワクワクしてきたっ」 「これで樺地も寝れるな?」 「…俺様が眠れねぇんだよ…伊達眼鏡…!」 「せ、せやけど、これ以上部屋の前で騒いだらあの子ら可哀相やろ?寮長、ここは一つ、よろしく頼むわ」 「跡部シクヨロ!」 「…ったく愚民どもが。今回だけだからな…」 「…じゃあ俺らも部屋帰るか、侑士」 「そやな」 あっというまに部屋の前が静かになる。 緊張の連続で、脈がものすごい速さで拍を刻んでいる。たぶん、宍戸さんもだろう。 「い、今のはヤバかったですね…」 「……ああ……」 「俺、すごい心臓ドキドキしてる」 「……」 宍戸さんの左胸に触れると、やっぱりそこも尋常じゃない早さで脈打っていた。 「あ、宍戸さんもだね。あはは」 気が抜けたように笑う俺を、宍戸さんはひどく聞き取りづらい声で呼んだ。 「……長太郎…」 「はい?」 「く、空気…読めなくて悪いんだけど、…い、………イき、たい……」 少しだけ振り向いて見つめてきた瞳は行き場のない熱を持て余して涙ぐんでいた。 「…あっ。ごめんなさい!大丈夫?宍戸さん。ずっと我慢してましたよね、気付かなくてすみません」 宍戸さんはふるふると首を振って俯いた。 可哀想なくらい赤い首筋を見て、俺は慌てて手の動きを再開する。 「ごめんね…?」 「…、っ……」 すぐに喘ぐような呼吸が始まる。真夏のような熱気を放つ身体に、申し訳ない思いでいっぱいになった。 苦しい思いをさせてしまった。 「結局我慢させちゃって…ほんとにごめんね。……後で電気消しますね。もう、誰も邪魔しに来ないと思うけど…」 黒い髪が揺れたけれど、俺の言葉に頷いたのか、快感をやり過ごすために頭を屈めたのかは分からない。 このままここで身体を重ねようと考えていた。 けれど、やっぱりベットへ移動しよう。 その方が安心して、なにも気にせず夢中になれる。 でしょう? ね、宍戸さん。 前日 翌日 ちょ誕企画 | Text | Top |