◇sumata | ナノ

しんぱいしないで。 2


どことなく宍戸さんの様子がおかしいのは、数日経っても続いていた。
でも、部活中はいつもどおりだし、今みたいに昼休みも屋上で二人で会ったりしている。だから、もう少し見守ってみたほうがいいのだろうか、それともタイミングを見計らって聞くべきなのか…と迷いに迷って、とうとうなにも聞けないでいた。
弁当箱を広げる俺の横で、ビニール袋から出したパンをほおばる宍戸さんを、そっと見つめる。むしゃむしゃ食べているのにどこか儚げに見えるのは、俺がうじうじ悩んでいるからなのか。

……いや、待てよ。
おかしい。

「…宍戸さん、お昼パン2つだけですか?」
「ん?…ああ」
「放課後まで保ちます…?」
「おう。最近あんま腹減らねーんだよな」
「え」

驚いたような声を出すと、宍戸さんは慌てたように両手を振った。

「や、違う。部活ん時は動けてるし!つか、これくらいの方が身体軽いかも、とか」

支離滅裂な宍戸さんの言動に、俺は眉を寄せずにいられなかった。
はぐらかしてみたって、それって食欲湧かないってことでしょう。そんなこと、宍戸さんの体調が悪い時と、悩み事ある時しか聞いた記憶がない。
ずっと言えないでいたけど、もう…訊こう…っ!

「俺、何か気に触るようなこと、しましたか?」

正面向けずに床を見つめる俺の視界の端で、ぴくっと宍戸さんの身体が揺れる。

「ずっと思ってたんですけど…宍戸さん、俺のこと避けてる、よね?」
「…別、に…」
「やっぱり、怒ってます?この前エッチした時、俺…我慢できなくて…無理やりっぽかったから…」
「そ、れは」
「途中で“やめなきゃ”って何度も思いました。でも、宍戸さんの感じてるみたいな声とか顔みたら、結局最後まで…ごめんなさい!」

俯いていた俺は、床に頭をついて謝っていた。
なんて酷いことをしてしまったんだ、俺は。
口にしてみてようやく思い知らされた。宍戸さんはトラウマになって、食事ものどを通らくなっている。あんなにあんなに、宍戸さんのこと大事にしようって決めてたのに、一時の感情に流されて、傷つけて…。

「違う…。怒って、ない…っ」
「え…?」

おそるおそる顔をあげると、宍戸さんは頬を紅潮させて、強く唇を噛んでいた。
すごく、悔しそうな表情だ。

「あの」
「怒って、ないっ」
「でも」
「怒ってねぇ…!」

「…俺、」
「だから怒ってねぇっつってんだろッ!!」


……お、怒ってる……。


「あっ、えと…でも俺が強引だったのは、自分でも反省しててっ…。少し頭冷やした方が、いいですよね…!」
「俺、怒ってねえから!いい!」

そう言いつつも、力み過ぎて白くなっている宍戸さんの拳を見ていると、俺は謝らずにいられない。
宍戸さんは照れ屋さんだから、あんなことが原因できっと恥ずかしくて怒るに怒れないんじゃないか…?だから「怒ってない」なんて嘘ついてるのに、俺を避けるんだ。
だとしたら何をしてでも償わないと。
これから先も、宍戸さんの恋人でいたい。俺には宍戸さんより大事な人なんていないんだ。
けれど、仮に許してもらえなくて、別れるなんて言われたら…俺に引きとめるすべなんてない。そもそも俺達の関係なんて、俺が勝手に宍戸さん大好き大好き言ってるだけで成り立っているようなものだ。
手を繋ぐのも、キスをするのも、全部、俺が一方的にして。
それで…一番大事なセックスで、ひどいトラウマ作らせて…俺はバカだ。

「そ、そうか!あの、俺、しばらく宍戸さんに近づかないようにします!!」
「…え…?」

現に宍戸さんが俺を避けてるのに、どうして気付かなかったんだ。
距離を置けば宍戸さんは安心できるし、もしかしたら…もう一度、俺のこと見直してもらえるチャンスになるかも…!
不安だけど、寂しいけど、メールや電話をすればいい。
片想いしてた時なんて、もっとずっと堪え性あったじゃないか。
あの頃に、戻るんだ。

「宍戸さんっ。俺、あの頃の気持ちに戻って、」


「俺は女じゃねー!ちんこあるもん!!」


……今、なんて……?

あ然としていると、怒ったような顔をした宍戸さんの瞳から、ポロッと涙がこぼれ落ちた。
最初の一滴が道筋をつくると、あとはもうポロポロと日に焼けた頬を伝っていく。

「あああっ、しっ、宍戸さん…!?」
「戻る、て、なんだよっ」
「え?」
「お、おそっ、襲ったくせに!」
「あわわ、それは本当にごめんなさ、」
「おっぱいもねーのに、盛りやがって!なのに、なんで…っ、長太郎のバカばか、ぶぁーかっ!!」

俺の前から消えろ。
しゃくりあげながらそれだけ言うと、宍戸さんはうずくまって、ちいさくなった。
え、え?どうして急に!?

「し、宍戸さん…おっぱいとか、ちんことか、一体何を言ってるんですか?」
「おまえなんか、顔だけ、だ。付き合ってる奴の、気持ちも、わかんねーんだ…っ」
「ご、ごめんなさい」

泣き顔を隠している袖口が、涙で湿っていく。
そうか…。おっぱいとかちんことかって、もしかして。
宍戸さんの身体にやらしいことばかりしたがって、宍戸さんの気持ち全然考えてない最低なヤツだって、そう俺に言ってるんだ。

「宍戸さん、本当にすみませんでした。エッチしたの、いやだったんですよね…?」
「長太郎が…ヘンにしちまったんだろ…っ。俺、あんな、あんな、」
「怖かったんですよね…?なのに宍戸さんも気持ち良いとか勘違いして…本当は、痛かった?」
「おっぱいダメかもしんねーよ…」
「えっ?…あ、乳首が、痛かった?擦ったりしすぎた?」
「俺のじゃなくて、オンナの!俺のなんかどうでもいいだろ!」
「えっ!?」

女って、誰!?どっからでてきたんだ!?
宍戸さんのおっぱい、俺、どうでもよくないっ…大好きだよ…!
というかまさか、浮気を疑われてるのか!?
え!?してないよ、宍戸さん…!!

「宍戸さん、待って、ちが」
「俺、長太郎に襲われて、もう…ムリかもしれねえ…」
「…ム、リ?」

つまり…浮気疑惑にレイプ魔のヤツとは、もう付き合えないってこと…?
それも宍戸さんの気持ちを考えると、当然の答えだった。

「長太郎しか、ムリだ」

絶望を突きつけられて、俺は言葉を失った。浮気は誤解だったけれど、それを否定することもできずに、ただ、呆然とするしか―――

「……え」
「長太郎といると、気持ちよくて。長太郎とやっても、気持ちよかった」
「ムリって……しっ、宍戸さん!それ、ほ、ほんと?」
「本当だよ!悪かったな」
「悪くない!なんで!?」
「でも俺はちんこあるし先輩なんだよ!!」
「どういうことですか!?」

また話が突拍子のないとこに戻ってしまった。
でも普段は気丈な宍戸さんが泣いてるんだから、そうとう頭の中はぐちゃぐちゃなんだろう。…俺のせいで。
深呼吸をして、もう一度宍戸さんと向かい合う。

それから俺達は、昼休み終了のチャイムが鳴るのも構わず、話し合いを続けた。
話し合いというか、俺が宍戸さんの言葉をひとつひとつ拾って、繋げていく作業かな。



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