Blue Wind & Green Gum


「中学生みたい」。就職に差し支えるだろう肩甲骨辺りまで伸びた髪を切ると、そう言って柔らかに微笑まれた。ソファーに腰掛けた長太郎の隣に座り俺は呆れた。懐かしがるのは構わねぇけど、二十歳過ぎの男に中坊はない。触っていい?なんて、もう手が毛先に掛けられている。別にいいけど(どうせわざと聞いてんだろうから)指が髪を弄り回して、こめかみにキスと言葉が降ってくる。「美容室の匂いがします」「俺も切ろうかな、伸びてきたし」「ちくちくする」返事を返すのもけだるくて、ぼうっとその声を聞いていた。眉尻近くの薄い皮膚に柔らかい唇の感触。…なんだろう。このまま眠ってしまいたくなる。なんともいえない心地良さ。長太郎はどうなんだろう。今こうしているの、気持ちいいのかな。「痛い」。長太郎の楽しそうな悲鳴。思わず瞳を見上げて眉をひそめた。んじゃ触んなよ、とか言いそうになる。長年染み付いた条件反射に「にらまないで下さい」と小さな苦笑が零れた。すぐ尖ろうとする俺だけどそれでも随分溶かされたと思う。嫌でも丸くなるしかないんだ。痛いだろうに、こいつは構わず触れてくるから。傷付けたくはない。優しくしたい。「ちくちくして気持ちいい、宍戸さんの髪」。うるさくて嬉しくて、可哀相で愛しくて、突き放したくて好きで堪らなくて。もっとそれが欲しくて、出会わなければなんて一瞬でも考えた自分をどうしようもなく後悔する。「あ、そうだ、コレ食べますか」「…なに?」。差し延べられた緑色の一枚。辛くて冷たい、ミントガム。驚きに目を見開くと長太郎はおかしそうに目を細めた。なんで持ってんだよ、嫌いなくせに。そう言うと、いえ、結構好きですよ?なんてさらりと言われ俺は眉もつり上がった。「誰かさんのせいで食べられるようになりましたから」。素敵な変化でしょう。嬉しそうに笑う長太郎がこめかみに再びキスをする。今でも変わらずに愛してるよ、なんて使い古された言葉も一緒に。「味覚は変わったけれど」。そうだ。変わらないものなんてない。でも、変わらないことを願い続けたい。怖さも溶かしていけたら。弱さも強さに変えていけたら。「ねえ、食べますか」。食う、と答えると。「じゃあ、口。開けてごらん?」。独りよがりな瞑想も、ここでお終い。そんな生意気な君に、俺のなにもかもを委ねてしまいたいから。




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