ごめんね Humming Bird


夕暮れの校舎を歩いていると、どこからともなく声が聞こえた。それは遠い昔に繰り返し聴いたような懐かしさと、偶然キャッチした宇宙からの電波音を不思議と想像させる。その謎めいた音は胸の傷を癒し、体内から澱を出す。『宍戸さん、全然分かってないよ』。いつも優しいはずの声が荒々しく響いた。必死に俺を待ち続けて、現実を受け入れようとして、我慢していたと知っている。けれど幼さと寂しさがすぐにその容量を超えてしまうのだ。ありきたりな悪循環があいつには見えないらしい。バカだな。そう言いつつ、俺は長太郎のそんなところが好きだったりする。嫌いで、好き。今頃あいつも俺のバカでわがままなところに、好きと嫌いを持て余しているのだろう。行き着いた教室、揺れるカーテンの向こう。この寒い中、窓を開けるなんて。子供らしい響きが夕焼けに向かって無神経に囀(さえず)る。あの頃の生き方をあなたは忘れないで。感傷的すぎて笑えた。俺がいることも気付かないで、校舎中でこの頃毎日のようにリフレインされている詩を飽きもせず繰り返す。あなたはわたしの青春そのもの。ああ、本当に下手くそだなぁ。俺はおまえの青春なのか。青春なんていう短かさでおまえの胸にしまわれちまうのかよ?そんなの、ゴメンだ。「おい」。呼び掛けると歌声が止まった。「…宍戸さん」。歪んだ表情。一年離れ離れになることに毎日まいにち不安で押し潰されそうになっている。俺だって、長太郎じゃねぇけど、今なら簡単に泣けそうなくらい。解消されない淀みを相手に投げつけたってどうにもならない。歌にしたって何にしたって消えない。置いてかれるのと置いてくの、どっちが一番辛いかなんて正解もない。長太郎、ごめん。静かに呟くと薄い色の瞳が湿って、眉が八の字に下がった。宍戸さんはなんにもしてないでしょう。震えた声。なにもしていなくても、気付かないうちに寂しさを与えてしまう時もあるだろ。謝ったって仕方ないかもしれないけれど、謝るくらいいくらでもして前に進んで行きたい。「ごめんなさい」「ごめんな」。翻るカーテンに隠れて抱きしめ合った。好きです。うん、俺も。俺も好きだよ。だから、振りかえらなくても安心して歩けるように。俺に歌ってください。俺を抱きしめてください。どうか俺を、愛してください。




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