◆P O O L S I D E | ナノ


P O O L S I D E 6


「おまえ水泳部か?俺、違うんだけど…扉が開いてたから勝手に入って来たんだ。迷惑かけて本当にごめん」

今日は最悪なことばかりだ。
試合で惨敗し、レギュラーを下され、しまいにはプールに溺れかけて。…いや、溺れて、人様に迷惑をかけて。

「ごめん…」
「…あの…?」
「最悪だな」

自嘲めいた笑いをこぼした宍戸を見つめて、少年が瞬きする。
頭に敷いていたタオルを広げ、宍戸はまだ濡れている髪をゴシゴシと拭い始める。
肩より下まで伸びた髪から塩素の匂いがする。タオルでこするとそれは艶を失い、ギシギシと芳しくない感触がした。
ずぶ濡れになったユニフォームからも日常とは無縁の匂いが漂ってくる。
宍戸はまた敗北を思い出し、震えそうになる手を必死に握りしめた。

「…最悪、だ…」
「でも、明日は最高な日かもしれないっすよ」
「え?」
「今日こんな最悪だったんだから。明日は最高に良い日かもしれない」

少年はまた笑う。
初めて見た時は恐怖すら感じたが、今思えばどうかしていた。

「明日があるじゃないですか。ね?」

こんなに愛嬌のある、気さくで優しい笑顔の奴じゃないか。

「…明日か。そうかもしれない。…サンキューな」

宍戸はあの試合から初めてきちんと笑えた気がした。
少年は宍戸の笑顔を見て、一瞬だけ目を大きくする。もともと大きな瞳をぱちぱちと瞬きして、そして最後にはやっぱり微笑んだ。

「…あ。ほら、着替えた方がいいんじゃないっすか。風邪引いちゃいますよ?」
「あ、そうか」
「向こうに更衣室がありますから使って下さい」

制服に着替え、プールサイドへ戻ると、少年は同じ位置に座ったまま宍戸を待っていた。

「さっきは助けてくれて、本当に助かった。ありがとう」
「当然のことですから。家に帰ったらゆっくり休んでくださいね」
「ああ」

宍戸は笑顔の少年に見送られてプールを出た。
さきほど「死にたい」などと思い、実際(事故であったが)死にかけた人間とは思えないほど、頭の中が冴えわたっている。
プールに飛び込んじまったせいかな。
宍戸は一人、小さく笑った。

まだ、これからどうすればいいのかもさっぱりわからない。
このまま自分は落ちていくのか、それともまだ這い上がるための道がどこかに残されているのか。
どちらかは分からない。
でも、とにかく、明日は部活へ行く。
逃げたりしない。
ただそれだけは決心を固めた。

グラウンドと校舎を横切り、学園の敷地外に出る頃にはもう日はほとんど沈んでいた。
空には大きく一番星と、夏の星座達がかすかに瞬いていた。





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