P O O L S I D E 19
「あっ。待って、宍戸さん!」
プールから地上への、コンクリートの階段を下りている途中だった。
振り向くと鳳がまた金網にしがみついている。
俯いた状態から、まるで恥をかき捨てるように宍戸を見上げた。頬が赤い。
でも宍戸は、鳳のそういった、必死な、真剣な顔は嫌いじゃなかった。
「れ、練習、頑張ってください」
「おう」
「さっきはあんなこと言ったけど、宍戸さんはテニス上手だし、足も速いと思います。…きっと、武器になると思います」
「……」
「お世辞なんかじゃなくて」
「分かってる」
ありがとう、と思ったけれど、すぐ言葉にできなかっただけ。
以前の自分だったなら素直に受け取れただろうか。
余計なことを言うな、なんて怒鳴ってしまいそうだ。
弱さから逃げ、強さだけを振りかざし、現実を見失う。
そんな間違った世界から抜け出すのなら、すべてを見渡すのなら、きっとテニス以外のことにも目を向けなければならない。
宍戸は、向き合ってみたい、と思った。
「……ありがとよ」
小さな呟きは鳳の耳に届いたらしく、笑顔が返ってきた。
胸が熱くなる。
他人の言葉がこれほど自分の原動力になるなんて知らなかった。
どん底にいる自分。
でも明日があると彼は不確かなことを言う。
それを信じてみたい。
本当に、もしかすると、明日は最高な日かもしれないのだ。
(いや、俺が最高な日に変えてみせる)
宍戸は意を決して再び崩れやすい岩壁を這い上がり始めた。
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