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しあわせな失恋エピローグ 3


その日は雨で部活は中止となった。
鳳に会いたくない宍戸にとって、全校放送で流れた跡部の命令口調の美声は非常に良い知らせだった。
と、いうのに。


「畜生、傘忘れちまった…」

先日からますますボーッとすることが増え、朝天気予報を見たはずなのにうっかり傘を忘れてしまった。
雨は地面を叩くように降り、景色を灰色に霞ませている。
のろのろと帰り支度をしている間にジローもさっさと帰ってしまうし、向日は忍足の家に遊びに行くと言っていた。

「しょうがねえ。走って帰るか」

ずぶ濡れ決定だけど、即行で風呂に入れば平気だろう。
しかし帽子のつばを前向きにして雨の中に飛び込もうとした瞬間、背後から聞き慣れた柔らかい声に呼び止められた。

「宍戸さん」
「……長、太郎……」
「もしかして、傘、忘れました?」

今、一番会いたくて、けれど一番会いたくない相手。
宍戸がどんな気持ちでいるのかなど微塵も知らず、いつものようにふんわり微笑む鳳は手に持っていた青い傘をひらひらと振ってみせた。

「今なら先着一名様で、俺と相合傘ができますけど」
「…アホか」
「風邪引いてパートナーに迷惑かけるのはよくありません。ね?」

喋りながら鳳は宍戸の隣にぴたりと寄り添い、傘を広げた。

「さぁどうぞ、先輩」

困っている時に優しくするなんて、ずるい。

「狭くなるぞ」
「構いません」

その笑顔にその声に、雨の音が遠くなっていく。




「…ってまだ寄り道すんのかよ!」
「だ、だって…いつもは部活あるからゆっくり見れないですし」

束の間、雨に閉ざされた空間で幸福に浸っていた宍戸だったが、あの後まっすぐ自宅まで送ってくれるのかと思いきや、気が付けば駅前の本屋巡りに同行させられていた。
雨は相変わらずの土砂降りで、ショウウィンドウのガラスの向こうには色とりどりの傘がひしめき合って咲いている。

「ゆっくりって、これで何軒目だよ」
「えっと…、2軒目かな?」
「4軒目だよ!チッ、んなことなら一人で帰れば良かったぜ…っ」

隣町の本屋で自分は一体何をしているのだろうか。
自宅からますます離れてしまって、さすがに濡れて走って帰るという作戦は使えない。
湿気で肌に張りつくシャツにも苛々して、宍戸は礼を言うべき相手にへそを曲げていた。

「こ、ここで最後ですよ。もう本も見つけましたから」
「だったら早く会計して来い」
「…は…はーい……」

宍戸の放つ氷のごときオーラに鳳はレジへと直行した。
したのだが、宍戸がその背を見つめていると、不意に振り返った。

「!」
「ねえねえ、宍戸さん。このあとって暇ですか?」
「あ?ま、まだどっか寄る気なのかテメエ」

見つめているのがばれてしまったのか、という心配はいらなかった。

「はい。たくさん歩かせちゃったので、俺の家で休んでって下さい」
「え」
「今日ね。もちろん本も欲しかったんですけど」

照れたような笑いを浮かべる鳳。
見ているこちらまで幸せな気持ちになるようなその笑顔。

「玄関で宍戸さん見つけた時にね、一緒にどこか行きたいなあって急に思いついちゃって」
「…」
「どこか、学校以外の場所に、遠くに、宍戸さんと行きたくなって。…でも雨降ってるのに出掛けたい人なんていないし、面倒臭えって言われるかと思ったんですけど……宍戸さんが『いい』って二つ返事で言うから調子乗って連れ回しちゃいました。すみません」

鳳のこの顔を、自分はずっと前から知っている。よくこっそりと見とれていたから。
サーブがうまくできて褒めた時と、何か食べ物をあげた時だったろうか。
それから、どうしてそうしたのか忘れてしまったけれど。その光る銀色の髪を撫でてやった時に、このあどけない表情を向けられた。
多分だけど、憶測でしかないけれど、この表情だけは今でも自分しか知らないのだと思う。
血生臭い二週間の特訓から、ダブルス選手として正レギュラーに戻り、全国大会青学戦までの短い夏を彼と一緒に駆け抜けたからこそという直感。
それなのに見るのは随分久しぶりだ。

「…………俺、」
「あっ。会計!俺の家寄って行って下さいね。あったかい紅茶でも飲みましょう」

鳳は早口でそう言うと宍戸の返事も聞かずに会計カウンターの方へ走って行ってしまった。

“…………俺、”

何を言おうとしたのだろう。
自分の中には鳳にさらけ出せるようなきれいなものは何一つないのに。
宍戸は無性に泣きたくなった。
やはり鳳が好きだ。先輩で我慢しなければいけないけれど、後輩以上に想っている。止められない。もう、鳳が誰を好きだろうが関係ない。
納得の行く答えが見つかるまで、この想いは捨てられない。

『鳳、すっげー可愛い子に告白されたんだって』
『亜矢ちゃんっていう子だよ』
『付き合うことにしたみたいですね』
『この前、二人で手繋いで歩いてたらしいで?』
『音楽室でキスしてたって噂が…』

辛いことは辛いけれど、いままでだって耐えてきた。
失恋と言っても、まだ恋を失えていないのだから、戦うしかないのだ。
それまでは涙の一滴だって流してやるものか。

「おい待てよ、亜矢」

宍戸が決意を新たにしていると、本棚の向こうから聞き覚えのある名前が聞こえた。

「俺の家来るんじゃねーの?」
「行かない。もう用事ないもの」

さらに聞き覚えのある声がそれに返事をしたものだから、宍戸はそっと隣の本棚を覗いた。
すると、そこにはやっぱり亜矢がいて、氷帝学園とは違う制服を着た男が一緒にいる。

(え…?)

確か、さっき鳳に「彼女と帰らないのか?」と聞いたら亜矢はピアノのレッスンがある、と言っていたはずだが……どうしてこんなところに。

「んだよそれ…っ。一回して終わりかよ」
「そうよ」
「何考えてんだよ!」
「…ちょっと…、こんなところで大きな声出さないで」

亜矢は煩わしそうに溜息をつくと男をたしなめた。
宍戸が先日会話をした時とまるで態度や雰囲気が違う。

「おまえが付き合えって言ったんだろ」
「ちょっと付き合ってって言ったの。キスマークつけてくれるだけで良かったのに、あなたが勘違いしたんでしょ」
「キスしろなんて、そういうことだと思うじゃねえか。好きでもないやつに、なんで、そんなこと…」
「邪魔な先輩がいたから協力して欲しかっただけ。もういい?」
「……お、俺は…おまえに彼氏がいても」
「嫌よ。…ねえ、知ってる?鳳君って、浮気する子嫌いなんだって」

独占欲強そうで、なんか可愛いよね。
くすくすと笑い出す亜矢に、男も宍戸も絶句してしまった。
これが亜矢の本性?
全然気がつかなかった。
衝撃で回らなくなる思考をなんとか動かし、宍戸は状況を整理する。
亜矢は、あの男と…。

「………長太郎がいんのに、浮気してたのか…?」

けれど、ということはあの痕は目の前の男が付けたもので、そうしないと付けられなかったということ。
つまり鳳とはそれを付けるような関係ではなかったということだ。

「…な、んだ。……よ、かった……」
「何が良かったの?」


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