ミ★1st Anniversary! | ナノ
しあわせな失恋エピローグ 2


3か月も経てば鳳に彼女がいるという現実にもかなり慣れたと思い込んでいた。
そして次第にこの恋愛感情も薄れるのだろうと、そう思っていた。
だというのに、常にとなりにあった笑顔が遠くなり、諦めるどころか逆に恋しくなっている。
どうしようもない。

「あ」

取り損ねたボールが後ろへ弾み、反対側のコートにいる鳳が「っし」と叫んでコートに崩れた。

「もう限界。宍戸さん、ちょっと休憩しませんか」

まだまだだ。休憩なんて早い。今の点をきっちり返してやるまでは―――いつもならそう言うところなのに、今日は荒い息を堪えるばかり。
何も言わないのを肯定と取ったのか、それとも宍戸の疲労に気が付いたのか、鳳は立ち上がりコートを出た。

「飲み物買ってきます。宍戸さん、いつものだよね?ちょっと待ってて下さい」

休憩しようと言ったくせに、グラウンドの端にある自販機まで元気に走っていく鳳を眺めながら宍戸はその場にふらりと寝転んだ。
少し眩暈がする。

「あー、きつ……」

陽の傾き始めたコートに響く、不安定に揺れる自分の声。
寝不足気味の身体には鳳のサーブをいつも通りに返すことが難しくなっていた。―――このまま一番仲の良い先輩でいられたら、それだけで。
あの頃の願いはなんだったのだろう。今だって一番、鳳にとっておそらく一番仲がいい先輩なはずなのに、苦しいほどの焦りと寂しさを感じている。
片想いなことは今も昔も変わらない。けれど、昨日の出来事をまだ引き摺って、テニスの調子まで狂っている。
情けない。
自分がこんなに弱い人間だとは思っていなかった。

「なんで俺…、……なんであいつなんか…」

なんで長太郎が好きなんだろう。
どうして後輩じゃダメなんだろう。

「クソ…」

誰かのものなのに、欲しいと思う気持ちは消えてくれない。
また軋みだす胸を抑えて宍戸が小さく舌打ちすると、頭上から女の忍び笑いが届いた。

「どうしたんですか?クソ、なんて」

振り返ると、セミロングヘアの少女が宍戸を覗き込んでいる。
サラサラなびく綺麗な髪。
大きくて、人形のように愛らしい瞳。

「おまえ……長太郎の、」

鳳の彼女の、亜矢だった。

「こんにちは、先輩」

亜矢は鳳と付き合っているから当然よく一緒にいる。
だから会っていそうなものだったが、仲睦まじい様子を見せられるのが怖くて宍戸はこっそり彼女のことを避けていた。
こうして話すのは初めてだ。

「あの、鳳君に忘れ物届けに来たんですけど、いますか?」
「……自販機でドリンク買ってる」
「そうですか。あ、えっと、宍戸先輩…ですよね?」
「…そうだけど…」

自販機にいることを伝えればそちらに行くと思っていたのだが、亜矢は笑顔を浮かべたまま話を続ける。
それにしても、彼女はなぜ自分の名を知っているのだろう。
宍戸が首を傾げていると亜矢はすぐにその答えを語った。

「鳳君がよくあなたのこと話してくれるんですよ。宍戸さん、宍戸さんって、毎日名前聞くくらい」
「あの野郎…先輩の陰口か?」

宍戸が苦笑いで眉間にしわを寄せると、亜矢は慌てて両手を振った。

「あ、いえ!あの、そうじゃなくって。先輩と今日は何をしたとか、これが楽しかったとか、そんな話題ばっかりで…悪口なんて聞いたことないです…!」
「…な、」

どうでもいい些細なことまで話しているのが安易に想像できる。途端に宍戸は耳の先まで熱くなった。

「すごく懐かれてますよね。宍戸先輩は信頼できるすごく素敵な先輩だって、鳳君言ってました」

にこりと微笑む亜矢は、その時のことでも思い出しているのか楽しげだった。

「……あいつ…何恥ずかしいこと言ってんだ…」

余計なことは話すな。そう怒鳴りつけてやりたい。なのにうれしいやら、でもやっぱり腹が立つやら。
二つの気持ちに苛まれて頭を抱えていると、亜矢の小さな声が耳を掠めた。

「…部活の話は本当によくしてくれるし…すごくテニスが好きなんですよね、鳳君」
「ああ…、テニスしてる時はホント真剣な顔でよ。楽しそうな目してるぜ」
「宍戸先輩がお気に入りだからじゃないですか」
「え?」

宍戸が彼女の言葉を聞き返した瞬間だった。
二人の間を何かが過ぎる。

「きゃっ」

脇の花壇から蜂が羽を唸らせ、亜矢の方へと飛んできた。

「おい、動くな。蜂だ」
「やだ、怖い」
「動いたらだめだ。じっとしてろ」

蜂は何もしなければ人を襲うことはない。けれど逃げようとすれば逆に刺激してしまい攻撃されることもある。
しかし氷帝学園に通う良家のお嬢様の彼女にはこれが落ち着いていられるわけがない。

「――痛っ」
「!おい、大丈夫か!?」

宍戸は彼女から離れた蜂をラケットで追い払うと、うずくまる少女に駆け寄った。

「刺されたのか?」

彼女は右の首筋を抑えている。

「…い、今…首のところにきて…、見てくれませんか」
「おお。刺されたんなら早く医者に見せないと」
「は…はい…」

亜矢は頷くと、震える細い指で髪をかき上げ、左肩にその束を流す。
現れた白い首筋を確認した宍戸はホッと胸をなでおろした。
傷痕はどこにも見当たらない。

「ああ、大丈夫だ。刺されてな―――」

しかし、ある一点に視線が釘付けになり、声と思考が一瞬で凍りつく。
白く細い首筋の少し下。
ワイシャツから覗く鎖骨に赤い痕が一つ、色濃く残っている。
それは蜂のせいではなく。

「良かったぁ…そういえばチクッとしなかったかも。……先輩?」

しばしきょとんとした後に、宍戸の視線の先にあるものに気付いた彼女はパッと顔を赤くし、慌ててそこを手で隠した。

「やだ。すみません。…なかなか消えなくって…」

また眩暈が蘇る。
それから自分がどうしたのか、宍戸は記憶が曖昧だった。
付き合って3か月も経てば、彼女の肌にキスマークがあったとしてもおかしくないのに。
それを忘れ、宍戸の中で鳳は子供のように純真できれいなままだった。


[* | #]

<< Text
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -