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しあわせな失恋エピローグ 1


「おーとりくんご指名入りましたー」
「え?」

棒読みの声に名を呼ばれた鳳はくるりとジローを振り返る。

「テニスコートのベンチで待ってるね〜だってさ」

誰が、と聞かなくてもその場にいる全員が分かっていた。
テニスコートのベンチで待っているのは鳳の恋人だろう。
宍戸はロッカーの方を向いたまま思わず表情を強張らせていた。

「おお、亜矢ちゃん来てるん?」
「寝てたら伝言頼まれたし〜」

ジローが窓の外を顎で指すと、忍足はそこへ駆け寄り、少し身を乗り出す。

「ああ、おるおる。…いやぁ、あの子ほんまに可愛えなぁ。目ぇおっきくて髪サラサラの肌ツヤツヤ。お人形さんみたいやわ」

忍足が馴れ馴れしく呼ぶ亜矢ちゃんとは、鳳が3か月ほど前から付き合い始めた同級生だ。クラスは違うけれど委員会が同じらしく、幼稚舎の頃からすでに顔見知りだったとか。

「見た目はね」
「なん、冷たい言い方してジロー」
「褒めてるじゃん。おい、鳳。女待たせんじゃねえぞ」
「え、あ…あの、でも…」

ジローに急かされ、口籠った鳳は宍戸の方を見る。
今日は二人で残って特訓すると約束していたのだ。

「一緒に帰れないって言ったはずなんですけど…」
「来てるじゃん。待ってんじゃん。それとも俺まだ夢の中?」
「…起きてますよ…」

宍戸もジローのように詰め寄ってやりたい気持ちでいっぱいだった。
けれど胸の奥が痛くて、ロッカーから鳳に視線を移すこともできないでいる。

「あの、宍戸さん」
「……長太郎。帰ってもいいぜ」
「え…?」
「今まで待ってたのに可哀想だろ。俺に付き合ってたら、日暮れちまうからさ」
「でも、練習は」
「なぁなぁ俺と試合しようぜ宍戸ぉ」

ジローの声が被さって、鳳の言葉はそこで遮られた。

「ジローと?」
「寝ちゃったからテニスし足りねーんだ」
「んー…」
「宍戸さん」

それでも鳳は宍戸を呼びとめた。だが、宍戸は長太郎、と呼んでその声を再び止める。

「今日は帰れよ」

極力明るい声を出してそう言えば、鳳にはもう頷くしかなかった。
ジローが宍戸と試合をしたいと言っているし、先輩が帰れと言っているのに逆らえるはずもなく。

「…わかりました。すみません。あの、明日はお願いします、宍戸さん」
「おう。早く行けよ」
「彼女、待ちぼうけとんで」
「あっ、はい。それじゃ、お先に失礼します。お疲れ様でした」
「お疲れ」

冷たくしたいわけではないのに、どうしても態度が刺々しくなる。
宍戸が自己嫌悪に陥っていると、鳳がいなくなったのをいいことに、忍足がニヤニヤ噂話を始める。

「な、岳人」
「ん?」
「向こう見てみ?…ぴったり寄り添っちゃっておアツいな〜」

忍足の視線の先には鳳と、それより頭二つ分くらい小さい女の子。

「この前、二人で手繋いで歩いてたらしいで?」

聞きたくないのに、宍戸の耳にも入ってくる鳳の噂話。
心臓が鷲掴みされたように強く締め付けられてゆく。

「うげ。ったく鳳の野郎、あんな可愛い子に告られやがって」
「岳人のが可愛えよ」
「うるせえ。男が可愛くてどうすんだよっ。なあ日吉」
「俺はガサツな人は嫌いですね」
「…それは女の趣味か?それとも俺に言ってるのか」
「さあ?」
「お…鳳も日吉も全っ然可愛くねえ…っ。クソクソ!」

向日が悔しがっていると、忍足は口元に笑みを浮かべながら声をひそめる。

「その可愛くない鳳君なんやけどな…?」
「んだよ侑士」
「放課後に音楽室でチュウしとんの見たって子がおるらしい」

情報源の怪しい噂に「はぁ!?」という向日の声と、日吉の溜息。
信憑性がないその言葉すら今の宍戸には鋭い凶器になった。

「あいつ学校で何やってるんだ…まったく」
「え〜。シチュエーションがロマンチックやん」
「後輩のくせに生意気だぜっ。おい宍戸、あいついっぺんシめとこうぜ!」
「……おう…」

誰が悪いわけでもない。こんなに落ち込んでいるのは自分のせい。宍戸だって、後輩に彼女ができたことを忍足達と一緒になって囃し立てているはずだった。
いつからか鳳に恋をして、そして、3か月前に失恋してさえいなければ。

「ほーら宍戸っ」

俯く宍戸をジローがにこにこと覗きこんでくる。

「んなつまんねー噂話聞いてないで、早くコート行こうぜ?」
「…あ…そうだったな…」

聞いていても胸が痛くなるだけ。早くコートに行こう。
しかし、頷こうとして見たジローの後ろの窓。そこに鳳と女の子が仲良く並んで帰宅する姿が映る。
忍足の言ったように、本当に幸せそうなその様子。

「………」

その女の子がいる位置は、以前は宍戸の指定席だった。
鳳の笑顔を独占できる、とても居心地のいい場所。
宍戸のために鳳がそっと横にずれて場所を空けてくれる瞬間が好きだった。
でも、今はもう――。
胸の奥がすっと冷たくなっていく。

「……ごめん、ジロー。今日は…やっぱやめとく」
「えーっ。さっきいいって言ったじゃん!」
「悪い。また別の日にでも、ちゃんとおまえが起きてたらやるからさ」
「えぇ〜…」

拗ねるジローをなだめながら、宍戸は真っ暗な森の中を彷徨うような錯覚に陥っていた。


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