ミ★1st Anniversary! | ナノ
閉園時間 6


長太郎は、高1の夏が終わると同時にテニス部を退部した。
幼い頃とても寂しい思いをしたとあれほど語っていたのに、自らも母親と同じピアニストを目指すことを選択したのだ。
まだ十余年しか生きていないのに、長太郎はピアノのために他のものをすべて捨てると決めてしまったけれど、俺はその隣にぽつんと残っている。

俺達の付き合いは中学生の時のまま。


でも、ふたりですることがちょっと増えた。
誰の目も届かないところで二人きりになったら、手を繋いで、キスをして。それでも寂しくなった時は抱き合った。
けれどそれはたった半年のことで、長太郎は2年間オーストリアへ留学することになった。栄誉ある特待生として、ピアノを学びに行くんだとか。

そうして離れ離れになった世界は、ある意味現実に目を向けるチャンスだった。俺にとっても、長太郎にとっても。
学校、クラブ、先輩後輩。閉ざされた世界で育った愛情が、歪んだものだと気づくチャンスだった。

けれど2年後。俺が大学1年の冬、長太郎が帰国した時、暗い結末は訪れなかった。
日本とオーストリアを飛び交うエアメールがそうさせたのかもしれない。毎日とはいかなくなったけれど、週に3回会える生活が戻ってきて、俺達は喧嘩しつつもまたバカみたいに一緒にいた。


「……なんだ、この部屋は……」
「ここは俺のスペース。ピアノ練習用の防音室ですよ」

宍戸さんの部屋は奥だよ。
呆けている俺の手がぐいっと引っ張られた。慌てて足を踏み出すと、数歩歩いただけでストップする。俺は長太郎の背中に思いきり鼻をぶつけた。

「いって!おまえ、急に止まんなよ」
「じゃんじゃじゃーんっ!!」

狭い廊下のつきあたり。
お坊ちゃんが使うにはあまり品の無い効果音とともにキャラメル色のドアが開かれた。

「あなたの部屋です」
「……は?」

こいつ。なに言ってやがる?
俺にはまだ引っ越して七ヶ月しか経ってない、住めば都の六畳一間がある。

「ここは、今日からあなたと俺だけの城です!」

ピンポーン。
呆気にとられた俺の頭に能天気な音が鳴る。

「いけね、今日あれの配送日だった!」

爆弾発言するだけしてった長太郎がバタバタと玄関に走って行く。さっきのってインターフォンの音か。誰だ?……ん?配送日?

それから数秒後、部屋に運び込まれるキングサイズのベットと、頬をピンクに染める長太郎に、俺は怒ることを忘れてしまうくらいに、呆れた。



だが結局俺は二週間後に長太郎の部屋へ引っ越す運びとなった。
そうなるまでは、ジロー曰く「痴話喧嘩」な話し合いを何度も何度も繰り返した。
だって、いきなりルームシェアだなんて急過ぎんだろ。
温室育ちのくせして、意外に行動力がある――悪く言えば暴走しがちな長太郎がしでかした今回のことは、さすがの俺も「勝手なことしやがって」って怒りも沸いたさ。

けれど、あの部屋はそれ以上に魅力的だった。
俺の心は、長太郎と離れている間に、中学卒業の時期に感じた寂しさに再び蝕まれつつあったのだ。
これからも俺達の世界は繋ぐ糸を一本、また一本と失くして引き離されていく。
愛し合えた時から、いや、好きになった瞬間から俺と長太郎の距離は離れることしかできなくなったから。
あとは、どれだけ離れないようにお互い頑張れるか、惜しまず努力するしかなかった。

この寂しさは、この苦しさは、一緒に暮らせばなんとかなるのかな。
我慢できるくらいは不安を減らしてくれんのかな。

一度そう考えてしまうと、幼くて夢見がちな男の瞳に「わかったよ、ここに引っ越してやる」と頷いて安心させるしかなかった。
偉そうに言っておいて、一人暮らしをしてたアパートを早々に出ることで、陰で親に叱られ、家族や友達から顰蹙を買って散々だったのは秘密だ。

引っ越してやる、って言ったら、長太郎は整った顔を崩して嬉し泣きをした。

恥ずかしいから言ってやらないけど、俺は気の抜けたこいつの顔、すげえ好きだ。
長太郎、家事全般ダメそうだし…ちょっと心配もあるけどさ。
一緒に暮らしてったら、たぶんこれからもっとその顔引き出せるってことだ。ずっと傍で見てられるんだ。
……で、「それだけでいいや」って思っちまった。


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