ミ★1st Anniversary! | ナノ
閉園時間 3
そう自分で一線を引いておきながら、ふらりとその世界に足を踏み入れてしまうことが日に日に増えている。
「幼稚舎の頃はお稽古が嫌で嫌で仕方なかったんですけどね」
続けていて良かったです。長太郎はうれしそうに頬を染めた。
「……」
歪んだ想いを寄せられているとも知らずに俺の言葉に喜ぶ様子を見ていると、途端に頭が冷めていった。どうしてだろう。その笑顔を好きになったはずなのに。
胸の痛みも日に日に辛くなっていった。
「…もう、それしまえよ」
「え」
顎で小さな鍵盤楽器を指す。
長太郎は少し驚いた顔をした。
「もういい。サンキュ」
なにか弾いてくれと頼んだとき、当然ピアノを弾くんだろうと思っていた。
けれど長太郎は見たことのない楽器を引っ張り出してきて。
また知らない世界が増えてしまった。
「……あ。宍戸さん、前にモーツァルトが聞きたいって言ってましたっけ。忘れてました、すみません。今度CD貸しましょうか」
再び笑顔を作った長太郎に断ると、わずかに眉をひそめられた。
でもCDが聞きたいわけじゃないから。
ここでおまえが弾いてるのを聞きたいから。
そう伝えることはできなかった。
すべてを正直に伝えていったら、長太郎はいつか俺の気持ちに気付く。そして離れていくだろう。
でも永遠に先輩を演じ続けるというのも疲れてしまった。
「やっぱり、つまらないですか?」
「…え?」
「自分で頼んだのに」
なんか弾けよって、言ったのに。
長太郎はまだ少し笑っていたけどあからさまに不満げな声を出した。
「……ピアノ、弾いてただろ」
やばい。
「わけわかんねー楽器出されても」
こんなことを言いたいんじゃないのに。
言葉が止まらない。
「…わがまま…」
「長太郎がピアノ弾いてりゃ良かったんだよ」
「俺は、宍戸さんにもっといろんなこと知ってもらえたらなって思って、だから、」
「ピアノだけでいいよ。めんどくせえ」
違う。違うのに。そうじゃなくて。俺は。
「………」
言った後に後悔してももう遅い。
長太郎の顔はもう見られなかった。でも、何かを我慢するように硬直している気配が伝わってくる。
困らせてどうしたいんだろう。不機嫌にさせてどうしたいんだろう。
それでも俺の傍から離れないって、そう確認したいのか?
バカか、俺は。
「……俺は煩わしいなんて思ってない」
普段より低めの声にちらりと顔を見上げると、真剣な瞳が射抜くようにこちらを見つめていた。
穏やかな敬語が消えている。
マジで怒らせちまったか。
けれど、じゃあどうすれば良かったのか。
最初から演奏のリクエストなんてしなければ良かったのか。
違う。
部活がなくて暇だからと二人で音楽室に通うようになったのがいけなかった。
いや、それも違う。
好きになって、長太郎から離れなかったのがそもそもの間違いだった。
俺が自分勝手でわがままだなんて分かっている。それでも大切だから傍にいたかった。想いを伝えられなくても大丈夫だと思っていた。
でも、俺はまだそんな器用な真似のできない子供だった。
好きで大切にしたい気持ちは変わらないのに、時々耐えられなくなって、当たるように接することしかできなくなっていた。
長太郎はじっと俺を睨んだまま。
居心地が悪くなって、刺すような視線から逃れるように瞼を伏せた。
“俺は煩わしいなんて思ってない”
そのとおりだ。
煩わしいのはその小さくてかわいい楽器じゃない。
俺だ。
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