ミ★1st Anniversary! | ナノ
no kiss, no smoking 5


保健室で目を覚ました亜久津の視界にオレンジに揺れる髪が見えた。

「あっ、起きた。起きたよ〜。ああ、良かった〜。死んじゃったかと思った…」

目の前に手をかざすと、包帯を巻かれた細い腕が。

「…怪我、しちまった…」
「怪我じゃないよ、もう大怪我だよ!ああもう、ホント驚かせないでよね」

一枚だけ窓が開いている。
茜色に揺れるカーテンはあれから数時間経過していることを示していた。

「……太一はどこだ…」

眩しいぐらいの夕日が差し込む保健室は、太一の姿をした亜久津と千石以外、誰もいなかった。
あー…、と千石が気まずい声を漏らす。
まさか、もっと大怪我をしたのでは。

「おいっ、太一の野郎、無事なのかよ…!」
「わ、ちょっと、落ち着いて。こら、寝てなさいって!」
「早く病院に…っ」
「無事だって!どこも怪我してないし、部室にいるから」
「…は…?」
「…あのさ。今、あの子キミの姿してるんだよ?不良の先輩と傷だらけの君が一緒に居ちゃ…まずいでしょ。100%誤解されるよ」

あんまり言いたくないけどさ。そう呟き、千石はミネラルウォーターをサイドテーブルに置いて立ち上がった。

「ま。先生たちへの言い訳もさっき済ましたし、もう大丈夫かな。俺、呼んできてあげるからさ、それ飲んで休んでてよ」
「…」

引き戸の閉まる音がして、亜久津は保健室に一人っきりになった。
今朝は仮病でベットに寝ていたというのに、今はひどい傷を負って包帯だらけだ。それも、自分の身体ではなくて、太一の身体を傷つけてしまった。
情けなくて、申し訳なくて、亜久津は自分の不甲斐なさに奥歯を噛み締めるしかなかった。




コンコン、と小さく戸を叩く音がした。
「失礼します」
それは自分の声だった。だが、こうして聞いてみるとなんだか別人の声のような気がしてくる。
ゆっくり近づいてきた足音はベットの前で止まると仕切りのカーテンをそっと開く。

「亜久津先輩、…大丈夫、ですか…?」

仰向けに寝て天井を見つめたまま、亜久津はその顔を見られなかった。本当は、こんな包帯だらけの姿を見られるのも嫌だった。

「痛くないですか」
「………すまねえ…」
「………」

好きだと伝えたかった。
でも、そんなことを言える立場ではない。こんなに傷付けて、痛い思いをさせて、自分の気持ちを押しつけるなんて、……ましてや、キスなんて。

「せんぱ…」
「もう、近付かねえから。今までビビらせて悪かったな。…そんなつもりはなかったんだけどよ」

ああ。
でも、身体を元に戻さないと、離れるのも難しいか。
瞳を閉じてそう思った、刹那。

「い、嫌です…っ。やだっ」

震える声と、唇に柔らかく、温かい感触。
次の瞬間、亜久津はベットサイドの丸椅子に前屈みで腰かけていた。
泣いている太一の顔の両脇に手をついたまま。
太一が亜久津にキスをしたのだった。

「……も、戻っ、た……」

亜久津が呆然としている間にも太一の頬は涙で濡れていく。

「ぼ、僕はっ、先輩がマジで好きです…っ。ビクビクしちゃうのは、どきどきして、緊張するのと、じ、自分に自信が持てない、から、です」
「………」
「…キ…キスは……、身体を元に戻すためじゃ、なくて、亜久津先輩とは、…ちゃんとしたのが…したかった、から…」
「……」
「亜久津先輩は、僕なんて嫌かもしれないですけど、僕は、別れたくないです。…先輩が、ずっと前から、好きです。今だって、すごく好きです」

怪我させて、ごめんなさい。
しゃくりあげ始めた太一は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を包帯の巻かれた腕で覆った。

「…………」

亜久津は黙ったままその小さな頭に手をやると、癖っ毛の黒髪を撫でた。

「……怪我はさせるし、泣かせるし……最悪だな」
「…、え?」
「とりあえず鼻かめ」
「え、ぅわ、ふ、」

サイドテーブルからティッシュを多めに掴むと、腕を退かして顔を乱暴に拭く。

「そんな汚ぇ顔じゃできねえんだよ」
「む…、…な…にが、でふか?」

ティッシュで鼻をつままれた太一は恥ずかしそうに亜久津を見上げた。

「かめよ」

ふるふると首を振る太一。だが亜久津は容赦しなかった。

「かめ。鼻っ垂れと付き合うつもりはない」
「……」

しばらく布団を握りしめてオドオドしていた太一だったが、意を決したらしくズビーッと鼻をかむ音がした。
亜久津はそれをパッと拭き取ると丸めたティッシュを放り投げる。きれいな弧を描いたティッシュは教室の端のゴミ箱に吸い込まれた。
続いて太一の顎を摘まむと顔の隅から隅まで確認する。

「亜…亜久津先輩…」
「よし。きれいになったな」

太一は涙も鼻水も拭き取られて、ついでに亜久津が男から死守したため顔にはいっさい傷を負っていなかった。

「あ、あの、」
「…おまえって、変な奴だよな」
「そ…」

何かを紡ごうとした唇は、温もりに包まれた。
太一は慌てて目を閉じたが、それは乾いた唇が濡れる前に離れていった。

「ちゃんとしたの、2回目だけど…これでいいだろ」
「先輩…」
「俺もおまえのこと、好きだぜ」

亜久津の気の抜けた笑顔に、太一はまた涙腺が緩みそうになった。




End.


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