ミ★1st Anniversary! | ナノ
no kiss, no smoking 3


翌日、学校をサボった太一の姿をした亜久津はベットの中でボーッとしていた。
本当にすることがない。いくら時間があっても、できることがまったくないのだ。
まず、病人の振りをして太一の部屋で大人しくしていなければならない。そうしないと一時間おきに様子を見にくる太一の母親に怪しまれるし、今朝心配していた太一の妹と彼女が学校に行っている間ちゃんと大人しくしていると約束してしまったのだ。
慣れない家族愛と、一家揃って小動物系のまなざしに、亜久津はそれらを突っぱねることが出来ずにいた。

「…畜生、暇で仕方ねぇよ…」

さきほど太一の母親が換気のためにと開けていった窓から、学校のチャイムがかすかに聞こえる。もう3、4時間目といったところだろうか。
揺れる空色のカーテンを眺めながら、亜久津は枕元に隠してあったタバコとライターを取り出した。気分転換がしたい。
窓が開いているから匂いもそんなに気にならないだろう。

「あ」

だが、一本銜えて火を近づけたところで亜久津はぴたりと静止した。
ライターを持つ小さな手。
その先の、もっと小さな爪。

「そっか…今、俺……太一なんだもんな…」

鏡でも見ないとすぐに忘れてしまいそうになる。
亜久津はライターを布団の上にほうると、盛大に溜息を吐いた。開いた唇からタバコがぽろりと枕元に転がる。
本当に、やれることがない。


太一と恋人という関係になったのは、好きだと言われたからだった。
いままでもそんな適当な恋愛を繰り返してきていたが、男から告白されたのは初めてだ。それでも気持ち悪いと思わなかった。
断る理由もなかったので、亜久津はいいと返事をした。欲望を満たしたいとか、絆を深めたいとか、そういうことは思っていない。ただなんとなく、不良でどうしようもない自分を好きだという太一がどんな人間か気になっただけ。
興味本位、なのかもしれない。
けれど。

「…………」

昨日、身体を元に戻すためのキスを断られたことが少々引っかかっている。
いや、むしろ腹が立っていた。無理やり母親に持たされた携帯に届く、太一からの着信もすべて無視し続けている。メールも開かないし、返信の仕方もよく分からなかった。
キスもしたくない恋人と電話で何を話すことがある?何の手紙をやりとりするというのだ?


♪〜


また鳴り始めた、初期設定のままの着信メロディ。
気に入らない繊細なオルゴールの音に亜久津は余計イライラした。

「あーっ。うるせぇ!」

携帯を鞄の中に放り込むと部屋の隅に投げつけた。しばらくして音は止み、部屋の中は無音になる。
思い通りにならないことばかりのこの身体。思い通りどころか、もう、何を思い望んでいるのかも分からなくなってきた。
早く元の身体に戻りたい。
亜久津は頭まで布団を被ると、目をきつく閉じた。






再び携帯の着信音がして、目が覚めた。いつのまにか寝ていたらしい。
どうせまた太一からだろうと無視していたが、聞いたことのない歌が鞄の中から聞こえてくる。

「んだよ、」

母親だろうか。でも、亜久津の代わりに太一が帰宅したはずだから、心配しているはずもない。それに、用事がない限りメールは送るなと言ってある。
いつまでもだらだらベットに寝ているのも飽きた亜久津は鞄を拾いに立ち上がる。
そして、携帯画面を見て瞬時に青筋を立てた。
通話ボタンを押すと叫ぶ。

「人の携帯いじんじゃねえよ千石!なんだこの着信音は…!」
『え〜、今流行ってる子達だよ。知らないの?』

どうりで聞いたことのない音楽なわけだ。

「そういうことを言ってんじゃねえ。つか、なんの用だ」
『学校来てくれないかな』
「断る」
『…君の顔した壇君が来てるんだけど。君のこと、待ってるんだけど』
「…は…!?」
『もうさあ、今にも死にそうな顔した亜久津君が部室の隅で膝抱えてんの。それ見てるの…正直怖いんだよね、呪われそうで。だから迎えに来てあげてよ』

さらりと失礼なことを言った千石に言い返すのも忘れ、亜久津は電話口で固まった。

「なんで…」
「何?」

なんで。
なぜ向こうの方がショックを受けているのだ。
キスを断られたのはこっちの方だというのに。

「…千石」
「ん?」
「太一に替われ」
「あ、うん。ちょっと待って」

電話の向こうで千石が太一を呼ぶ声がする。そして、少し後に消え入りそうな声が「もしもし…」と言った。…本当に死んでしまいそうだ。
だがそうなる意味が分からない。
亜久津は「よう」と挨拶をすると、クローゼットから小さめのサイズの制服の架かったハンガーを手に取った。

『亜久津先輩…』
「気分はどうだ?テニス、してみたか」
『して、ないです…』
「ふーん。まぁ、身体は良くても操作するのがテメェじゃ球返せねえか」
『…先輩、…』
「なんだよ」

分かっている。太一はそんな会話がしたいんじゃない。
なのに、いつもここで口を閉じてしまう。

「……太一」
『は、はい』
「言いたいことあんなら言えや」
『………』
「俺の身体でウジウジされちゃ迷惑なんだよ」
『……すみ、ません、です…』
「おまえさ……、俺のことマジで好きなわけ?」
『…えっ、あ、その、あのっ、』
「今は答えなくていい。そっち行くから、あとで返事聞かせろ。いいな」
『は、はい』
「俺もおまえにいいたいことがある。身体入れ替わってからなんもやれることなくて、珍しく考え事してたからな」
『………』
「おまえは告った相手にビクビクして、そんでキスもできねぇとか言いやがるし、訳分かんねえんだよ」
『それは…、』
「告白したからって、別にそっちから振ったって構わないんだぜ。だからはっきりしてくれ。これ以上頭ん中もやもやすんの、ムカつくんだよ」
『………ぼ、俺』
「…逃げんなよ、太一」

制服を着終えた亜久津はそのまま通話を切った。
ヘアバンドと鞄を掴むと、学校へと走り出す。


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