ミ★1st Anniversary! | ナノ
no kiss, no smoking 2
後輩と身体が入れ替わる、という信じられない事態が起きたのは今から4時間前。昼休みのことだった。
亜久津は屋上でタバコを吹かしていたのだが、そこへ太一が放課後部活へ来て下さいだのなんだの説得に来て、ついでに銜えていたタバコを「身体に良くないです」と言って取り上げた。
睨みを利かせると小動物のように後輩は怯え出し(ビビるなら最初からしなければいいのに、と亜久津は思った)さっと踵を返した。
瞬発力のある亜久津は太一の逃げ出す足を引っかけ、躓いたところを捕らえるつもりだった。亜久津の運動神経と腕力を持ってすればそれは簡単なことだ。
しかし。
ひっくり返った太一の良く分からない動きで、なぜか二人は互いの頭を火花が散る勢いでぶつけてしまったのだ。
そして、目を開けると、まるで鏡でも見ているかのように自分が目の前で頭を抱えていて……。
「…そういう漫画あるよね。君達ホントおもしろいことしてくれるなぁ」
亜久津は部室のパイプ椅子にくつろぐオレンジ頭の襟を掴み上げた。
「んだと千石…っ」
「わー!壇君が怖いよぅ!」
「わわわ、亜久津先輩やめるです!危ないですっ」
泣きそうな表情で二人の間に割って入ってきた亜久津の姿をした太一に、太一の姿をした亜久津はうんざりした。
「やめてください…」
こんな情けない面をした自分は見ているだけで虚しさが募る。
なんて、太一に言ったところで泣かれでもしたらそれこそ立ち直れないから言わないけれど。
亜久津は千石の襟から手を離すと乱暴に椅子へ座りこむ。
「クソッ、身体が違うと不便で仕方ねえ。チビだしトロいし」
「ご、ごめんなさ、」
「大丈夫、大丈夫。そこが壇君の魅力だから。小さくて可愛いよ。あ、今はデカイけど」
「学校にも来れねえしよお」
「亜久津君。キミ、普段から学校来てないじゃん」
「タバコは吸えねえし」
「僕の身体で変なことしないで下さいっ」
「可愛い後輩の身体キズものにしちゃいかんよね」
「…テメエらまじめに聞いてんのかコラ!」
怒りに立ち上がった拍子に、額のヘアバンドがずり落ちた。
目隠し状態である。
「わ、大丈夫〜亜久津君?」
「……――!!」
「…あ、亜久津先輩、大丈夫ですか…?」
「メンゴメンゴ。もうふざけないから、ほらヘアバンド直して座りなよ。君達を元に戻す方法を話すから」
「チッ…とっととそうしろよ…!」
とりあえず元の姿に戻ったら千石は半殺しだと、亜久津は胸に誓った。
「ほ、本当に僕た…俺達を元の姿に戻す方法、知ってるですか?」
「モチロン。昔からこういうハプニングにセオリーは付き物だからね。伴じいだって分かるんじゃない?」
「生憎俺らにゃ分からねえんだよ、常識人だからな」
「一体…どうしたらいいですか…?」
二人に頼られて(?)気分の良くなった千石は一つ咳払いをすると胸を張り、解決策を発表した。
「恋人同士の身体が入れ替わった…そんな場合は―――熱〜いキッスで元通り、ってね♪」
「………」
「………」
ぱちりとウインクした千石は、愛の力が、運命の悪戯がどうのこうのと蘊蓄を話し出す。しかし二人はショックのあまり声も出なかった。
「…もしもし?御二人さん?」
「……テメェ…、んなバカみたいな方法で戻るわけねえだろうが!!」
「べ、別にふざけてないよっ。…壇君が三白眼に見えて来るな、こりゃ」
「こっちは真剣に困ってんだぞ!」
「僕だって真面目に困ってるって」
「あ?」
「二人の身体が入れ替わったままで、都大会どうしろっていうのさ」
「あ…」
太一の小さく漏らした声に、亜久津は30センチ以上高い自分の顔を見上げた。また泣きそうなぐらい追い詰められた顔をしている。
「太一、」
「…都大会まで、あと一ヶ月…ですよね…」
太一は選手として出場するわけではないが、都大会2ヶ月前に急遽入部したシングルス選手の亜久津よりも、よっぽどそれに熱意を傾けている。
自分達の身体が入れ替わってしまったせいで、山吹中が敗北なんてことになりでもしたら…。
「都大会なんかで負けてらんないの分かってるでしょ。目指すのはもっと上……全国大会なんだから」
「ケッ。知るかよ」
「俺、さっきからずっと本気で喋ってるからね。バカでもなんでもいいけど、やるだけやってみてくれない?嫌いな子とキスする訳じゃないんだからいいじゃんか」
それもそうだ。
たかがキスのひとつやふたつ。千石のいいなりになるのも納得行かないが、亜久津は気持ちが傾き始めていた。
…と言っても、二人は互いに好きだと教え合ったくらいで、まだキスという行為まで及んでいなかったが。
自分の顔にしなければいけないのはかなり不快だけど、この際仕方がない。
べつにキスくらい。
いずれするんだし。
「ったく、しゃーねえな。おい太一、ツラ貸…」
「嫌ですっ!!」
「………え………?」
亜久津と千石の声が同時に響いた。
「い、や、です…。ぼ…俺、したくないですっ。ほ、他の方法探します…!」
「………」
「ちょちょちょ、何言ってんの壇君。他の方法なんて、うーんと、あ、そうだ。あとはもう一度同じショックを与えるくらいしか…、いや、ていうか、君達の仲でキスはダメなんて。なんでさ?」
「………それは………」
太一は言い淀み、唇を噛んだ。
ちらりと亜久津の顔を見て、すぐに目を逸らす。
亜久津はそれでも太一の言葉を待ってみたが、唇は固く閉じたまま。
目も床を貫くように見つめたまま。
………顔も見たくない、ってか。
亜久津は溜息を吐いた。
「勝手にしろよ」
「…あ、…亜久津せん」
「俺は先に帰るぜ。こんな姿でいつまでも学校にいたくねえし」
「おい待てよ。テニスはどうするんだ」
肩を掴んでくる手を払うと、亜久津は千石を睨み上げた。
「別に俺はなんとなく入部しただけだ。大会に出れなくても特に困ることはねえよ、テメエと違って」
「亜久津」
「元の生活に戻るだけだ。……って、こんな身体じゃ喧嘩も不利だけどな」
「…せ、先輩……」
亜久津が部室のドアを開けた時、後ろから弱々しい太一の声が縋ってくる。
「太一。俺の身体なら都大会も選手で出れんじゃねぇか?その間までなら貸しといてやってもいいぜ」
「……亜久津、先輩……」
いつもなら助けてやりたくなるその視線も、今は頭の中をむしゃくしゃさせるだけだった。
亜久津はうっとおしいヘアバンドを首まで下げると、二人を残して部室を出て行った。
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