ミ★1st Anniversary! | ナノ
しあわせな失恋エピローグ 6
「な、なんか冷たいとこ見せちゃったから…っ。だけど、その、あの、あれが俺の全部じゃなくって。あの、俺だって楽しいこともあれば、悲しいと思うこともあるし、だから怒ることもあるし。けど、ちゃんと、それなりに相手に優しくしようとか、好きな人は大切にしたいとか、そういう気持ちはあります、もちろん。……でも、許せないことは、その…怒ったりもするし、逆に怒らせちゃうこともあるだろうし、……だから、なんていうか、」
「…何言いてえのかよく分かんねえけど、別に俺はおまえのこと嫌いになってなんかねえぞ?」
「え?」
「おまえがキレたりしねえで何でも許す神様仏様だとは思ってねえよ」
「そ、そうっすか?でも、宍戸さん、あれから俺のこと全然見てくれないし…」
「え!いや、あー、えっと……ま、まあ、確かにキレた長太郎にはびっくりしたっつーか」
「…やっぱり…」
そう言って鳳はテーブルに伏せてしまう。
「ば、ばっか。あんなくらいで嫌いになる意味が分かんねえって!俺のこと信じろよ」
「し、宍戸さん……」
「キレたらちょっと人より迫力あるだけだ!気にすんなってアホ!」
「……………宍戸さん……ありがとう……」
鳳は顔を上げて笑顔を見せる。…少々引き攣っていたが。
あと一押しか?
人を励ますのは苦手だと自覚している宍戸だが、それでも鳳のためにと思うと、つっかえたとしても言葉を止めるなんてしたくなかった。
「俺は何があってもおまえのこと好きだと思うぜ。…いや、何がって、何でもかんでもってわけじゃねえけど。いつものおまえを知ってるから、どうしてそうしたのか分かるっつーか……信頼してるから。だからカバーできる部分ってあんじゃん?」
「……」
「長太郎もさ、……例えば、あー…若とか。あいつ冷たいこととかビシバシ言うけど、それって仲間のこと心配してたりとか、厳しいこと言うのにも理由あるんだなってなんとなく分かんだろ?それと一緒だよ。俺もそんな感じだ」
宍戸はそこで黙った。
伝えたいことはなんとか全部言えた。これ以上は恋愛感情も綯い交ぜになってしまうかもしれない。
「だから、心配すんな。あと、元気出せ。おまえなら…もっといい奴が、きっと見つかるからよ」
本当は誰とも付き合わないで欲しいけど。
宍戸はそこでテーブルの上に組まれていた鳳の手をそっと握ってみた。ちょっとやりすぎかなとも思ったが、後輩を励まして、そして自分は味方だと教えたかった。
「大丈夫だ。俺なら、そばにいてやるし」
「…宍戸さん…」
「………、」
鳳があまり感動したような潤んだ目で見るものだから、宍戸は恥ずかしくなってすぐに手を離した。
しかし鳳がもう一方の手で宍戸の手を包み込むほうが早かった。
「痺れました」
「…はい?」
目をキラキラさせる鳳。
痺れた?
痺れるくらい元気出たってことか?
いや意味分かんねーよ。
宍戸は予想外の反応に混乱した。
「すげえ殺し文句っすね。…天然って怖いなぁ…」
「こ、ろし…?え?」
「あの子の被害妄想じゃなかったんだ」
鳳は手を握ったまま宍戸の隣までやってきて、間近でじっと宍戸の目を見つめた。熱視線なのはおそらく気のせいではない。
「な、な、なんだよ」
「宍戸さん…この頃元気なかったよね。よく考えたら3か月前くらい…俺が彼女できてからあんまり笑わなくなった。テニスも不調で…どうしてかなって心配してたけど、なんにも話してもらえないし」
そのうちジロー先輩には冷たい態度とられるし。
唇を尖らせる鳳は、距離を取ろうと離れていく宍戸を腕の中へ引き戻す。
「そういうことだったんですか」
「ち、長太郎……近…い、て……」
普段からスキンシップ過剰なところのある鳳だけど、この状況はおかしい。
自分の腰に鳳の手が回っているなんてどう考えてもおかしい。
「俺に言いたいこととかないでしょうか?」
「…えっ!?」
「なんでも聞きますよ…?」
耳の近くで囁かれ、宍戸がもし猫だったら全身の毛を逆立てているところだ。
「や、やめろ」
「あ。今耳が動きました。ピクッて」
「いいい息掛けんなコラ!」
「…宍戸さんって耳動くんだ。…なんか可愛い…」
「だから何してんだおまえは…っ!腰!手!」
「やばい。宍戸さんって、やばい」
「テメエが一番やべーんだよ!」
宍戸が顔を真っ赤にしてぐるぐる目を回している間に、鳳はさらに顔を近づけ、頬を指で撫でてくる。
「ね、宍戸さん…言いたいことあるなら言って下さい。聞きたいです」
多分、ここで鳳を「近けーんだよアホ!」と一発殴れば自分は落ち着けるだろう。
でもそうしたら、いつもと変わらない。
「……言いたいことって…」
「宍戸さんがずっと悩んでたこと。もしくは、今ここを赤くしている理由」
ここ、と言って、頬が手のひらに包まれる。
雨に冷やされた手は冷たくて気持ち良い。
いや、鳳の手だからそうなのか。
「お、れは…」
ああ、でも殴りたい。蹴りたい。ムカつく。
言葉にできない想いは拳に乗せてしまいたい。
「俺…は、おまえのこと…」
だめだ。言えない。でも暴力もだめだ。
「俺のこと…なんですか?」
いや、なぜ好きな相手に暴力?
そしてどうして自分は後輩なんかに追いつめられているのだ。
好きなら好きと言えばいい。
好きなら好きと、態度で示せば。
目の前には鳳の唇がある。
「……ち、長太郎…っ!」
「はい」
宍戸は鳳の髪の毛を掴むとそのまま唇を押し付けた。
一瞬触れた程度で離すと、好きだ、と声を絞り出す。
「ず、ずっと、前から、その……ン!?……ち、ちょう…、む……!」
言葉を続けようとしたのに、それは鳳からのキスの雨で呼吸と一緒に止められてしまった。
ようやく解放されたところで、鳳は軽く宍戸の耳を噛むと身体を抱きしめた。
宍戸はまた猫のように毛を逆立てる。
「……ああもう、なんでそんな可愛いことするんですかー……」
「だ、誰がっ」
「俺のこと、ずっと前から好きでいてくれたんですね…すごく嬉しいです」
「るっせバ…ッ……じゃなくて!…だから、…長太郎、」
宍戸は鳳のシャツを掴むので精いっぱいだった。
恥ずかしさと、よく分からない怒りと、キスで腰砕けになってしまったために。
「だから、俺と、つ、…つ、つ!」
「付き合います。ぜひお願いします」
「……お、おう……」
男に告白されたのに、二つ返事の鳳。
たじろぎつつも、宍戸はようやく緊張が解けてきた。
とにかくこれで鳳は自分のものになった。
もう誰かと幸せそうにする鳳を見なくて済むのだ。
「こんな…彼女と別れたばっかりで申し訳ないんですけど、ホントに本気です。恋に落ちました」
「…あっそ。……こっちこそ男で申し訳ねえな」
「全然っす!というか、そろそろ離れましょうか。俺、なんかやばいです」
「は?」
「だって……宍戸さん、キスしてる時やらしい声出すんだもん……」
「なっ、し、してねえってば!」
「え、わざとじゃないんですか!?もっと悪いですよ、それ」
「…わ、悪かったなっ!クソッ」
「うーん。悪くはないんですけどねぇ…」
「どっちだよ」
昨日までただの後輩だったくせに。
自分の何が鳳をここまでその気にさせたのか、さっぱり分からない。
「あ。こんなこと言ってますけど、もちろん身体目当てじゃないですよ」
「か、身体…」
「デートとかたくさんしたいです。宍戸さんと水族館……わあ、それ、いいなぁ…。水族館にししゃもっているんですかね?」
「知らねえ」
「まぁ、それはいいです。でも今度一緒に行きましょうね。初デートは水族館っていいですよね〜。そうしましょうね」
「………男同士で?」
「宍戸さんと、俺で。いいですよね?」
「…………」
ずっと片想いをしてきて愛しくないはずがない彼に「いいぜ」と頷いてやれるまで、宍戸は数十秒の葛藤を要した。
その前に、鳳の聞き方は「お願い」というより「確認」だったのだが。
End.
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