◇いただきもの | ナノ



The contents of complications 5

朝になり、宍戸と二人で起き出して互いに無言で朝食を済ませていた。昨日の事は時間が経つにつれて二人の心を精神的に蝕んでいた。


「…おはよう。」


そこへ姉がゆっくりとリビングへとやって来た。長太郎は思わず、咀嚼していたロールパンの飲み込んだ。姉はゆっくりと長太郎を見ると、真顔でじっと見つめた。向かいで食べていた宍戸が手を止める。宍戸も緊張しているらしい。


「長太郎…あんたねぇ…。」


姉は恨めしそうな声を静かに発した。椅子に座る二人は、姉の次の言葉をじっと待った。


「…あんたねぇ…二日酔いの人に、水を持ってくるとかないの…?」

「…え、あぁ!!」


前髪をクシャリとかき揚げ、不機嫌そうな姉。一瞬、何を言われたのかわからなかった長太郎は慌てて席を立つとキッチンへ水を取りに向かう。

姉はフラフラとテーブルに近づくと、今まで長太郎の座っていた椅子に乱暴に腰を下ろした。宍戸は固唾を呑んでその様子を見つめる。姉は客人である宍戸は今は視界にないらしく、そのままテーブルに突っ伏した。

呻くように呟く姉。長太郎がそばにそっと水の並々と注がれたグラスを置いた。


「はい。」

「…ありがと。」


ゆっくりと起き上がり、姉はグラスを手にすると一気にその水を飲み干していった。


「ふぅ…。長太郎、昨日さ…。」

「な、何…?」


コトリとグラスを置くと、姉は長太郎を見ることなく話を切り出した。咄嗟の出来事に、長太郎の声は少し裏返る。昨日と言えば、あれしかない。再び緊張が長太郎と宍戸に遅いかかる。


「あたし、何時くらいに帰ってきた?」

「…へっ?」


長太郎が素っ頓狂な声を上げる。姉は顔を両の手で覆いながら話を続けた。


「泊まる筈の友達が飲みすぎてそれどころじゃなくなってね…タクシー使った所までは覚えてんの…で4時頃リビングのソファーで寝てて…その間が、さっぱり。」


長太郎は思わず、宍戸を見る。宍戸も長太郎を見つめていた。長太郎は恐る恐る、口を開く。


「姉さん、停電あったの覚えてる?」

「停電…?何?昨日そんなに激しく降ってたの?」


顔から両の手を外した姉は、なんの事?と言わんばかりに怪訝な顔で長太郎を見上げている。


姉は停電の事を覚えていない。

と、いうことは。


「長太郎?」


姉が長太郎に問いかけたが、長太郎はマジマジと姉を凝視したまま動かなかった。

否、動けなかった。

停電を知らないと言うことは、下着一枚の長太郎を覚えていないと言うことで。宍戸との関係を姉は知らないと言うことになる。


「長太郎っ!!」

「へ?あっ!!えっと…ごめん。12時くらいには二人とも寝てたから、覚えてないや。」

「…そ。」


あっけなく返事を返した姉は、それからふらりと立ち上がり、寝直すと言ってリビングから再び出て行った。

リビングの戸が閉まる音を合図に、長太郎と宍戸は一気に肩を下げて大きく長い溜め息を零した。

底知れぬ安堵から、かなり緊張していたらしい。宍戸はテーブルに突っ伏して、長太郎に至っては椅子に座らずにそのまま床に崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。


「…びびったぁ。」


宍戸が息を抜くように呟く。長太郎はまだ言葉が出ない。バレていたらはっきりと言うつもりだったが、それを必要としなくなった今、長太郎をなんとも言えない安堵感が包み込んでいる。

長太郎が椅子に座り直すと、宍戸と向かい合ったまま、しばらくうなだれて黙り込んでいた。そんな中、ふと何気なくお互いに目をやれば、視線が合った瞬間からどちらとも無しにふと笑みが零れた。

次第に、笑みは笑いに変わる。テーブルを挟んで互いに体を揺すって笑った。


「…はっ、バッカみてぇ…。」

「…泣いて損した。」


どちらとも独り言のように呟いて、背を預けていた背もたれから体を起こして椅子を引く。そしてまた溜め息が漏れる。しかしそれは仕切りなおしのようなごく軽い溜息。


「食うか。」

「ですね。」


笑顔で二人は両手を合わせて、元気良くいただきますと声を上げた。

それはもう。
朝食は今、始まったばかりのように。





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