◇いただきもの | ナノ



月の下に二つの影 9

「長太郎、そろそろ帰ろうぜ。」

「そうですね、もう外真っ暗ですし。」


そう言って、俺はソファーから立ち上がると、宍戸さんに手を差し延べた。

彼はそれを迷いなく掴むと、俺がぐっと引き寄せるのに合わせて立ち上がる。

そして、俺はテニスバックを肩に掛け、宍戸さんが後ろにいるのを確認してから、部室を後にした。

パタンと背後でドアが閉まる音を聞きながら、俺は彼の隣に並ぶ。

その時、俺は何も考えていなかった。

あまりにも自然に、宍戸さんの隣にいったんだ、これはきっと、彼がまだ部活をやっていた頃の癖。

身体に染み付いたことって、なかなか消えないもんなんだ…

そう思うと、何だかうれしくなって、ついつい口元が緩んでしまった。


「かなり遅くなっちゃいましたね。」

「そうだな。」


よく二人で帰った道程を歩きながら、ポツリと呟く。

それにすぐ宍戸さんは相槌を打ってくれたけど、その言葉を交わせたきり、俺らは黙り込んでしまった。

辺りは静まり返っていて、クツが地面を蹴り上げる音しか聞こえない。

こんなに暗い中を帰るのは、久しぶりだな…なんて考えながら、チラッと彼を見ると、宍戸さんは足元を見つめていた。

その横顔に何故かドキッとしてしまう。


トクントクンと心臓が音を立て、俺の視界には彼しかいなくなった。


そして…俺はそっと手を伸ばし、宍戸さんの右手を自分の左手で優しく包み込む。

ピクッと彼の肩が揺れた。


振り払われるだろうか…


そんな思いが脳裏を横切った時だった。

──ギュッと宍戸さんに手を握り返される。

その手は、緊張からなのか、少しだけ汗ばんでいた…


「長太郎、」

「…はい。」

「明日も一緒に帰ろうぜ。」

「はいっ!!」


その時俺は、辺りが真っ暗でよかった、と思ってしまったんだ。

だって、きっと…この人は、明るいところじゃ手なんて繋いでくれないだろうから。

今の俺たちを見ているのは、空高く昇った満月だけ。


少しだけ、前よりも距離が縮まった、と思っても良いかな…




End.





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