月の下に二つの影 9 「長太郎、そろそろ帰ろうぜ。」 「そうですね、もう外真っ暗ですし。」 そう言って、俺はソファーから立ち上がると、宍戸さんに手を差し延べた。 彼はそれを迷いなく掴むと、俺がぐっと引き寄せるのに合わせて立ち上がる。 そして、俺はテニスバックを肩に掛け、宍戸さんが後ろにいるのを確認してから、部室を後にした。 パタンと背後でドアが閉まる音を聞きながら、俺は彼の隣に並ぶ。 その時、俺は何も考えていなかった。 あまりにも自然に、宍戸さんの隣にいったんだ、これはきっと、彼がまだ部活をやっていた頃の癖。 身体に染み付いたことって、なかなか消えないもんなんだ… そう思うと、何だかうれしくなって、ついつい口元が緩んでしまった。 「かなり遅くなっちゃいましたね。」 「そうだな。」 よく二人で帰った道程を歩きながら、ポツリと呟く。 それにすぐ宍戸さんは相槌を打ってくれたけど、その言葉を交わせたきり、俺らは黙り込んでしまった。 辺りは静まり返っていて、クツが地面を蹴り上げる音しか聞こえない。 こんなに暗い中を帰るのは、久しぶりだな…なんて考えながら、チラッと彼を見ると、宍戸さんは足元を見つめていた。 その横顔に何故かドキッとしてしまう。 トクントクンと心臓が音を立て、俺の視界には彼しかいなくなった。 そして…俺はそっと手を伸ばし、宍戸さんの右手を自分の左手で優しく包み込む。 ピクッと彼の肩が揺れた。 振り払われるだろうか… そんな思いが脳裏を横切った時だった。 ──ギュッと宍戸さんに手を握り返される。 その手は、緊張からなのか、少しだけ汗ばんでいた… 「長太郎、」 「…はい。」 「明日も一緒に帰ろうぜ。」 「はいっ!!」 その時俺は、辺りが真っ暗でよかった、と思ってしまったんだ。 だって、きっと…この人は、明るいところじゃ手なんて繋いでくれないだろうから。 今の俺たちを見ているのは、空高く昇った満月だけ。 少しだけ、前よりも距離が縮まった、と思っても良いかな… End. 前 次 Text | Top |