◇いただきもの | ナノ



月の下に二つの影 5

「宍戸さん、あの…」


俺は何故だかよく分からないけど、その時緊張していたみたいで、喉がカラカラだった。

でも、何も話さないままではいられなかったから、何とか声を絞り出して彼を呼ぶ。


「ん、何だよ。」


宍戸さんは、そんな俺の呼びかけに応えて、振り向いてくれた。

無視されなかったことに、どこかホッとしながら、彼との距離を詰めていく。

別に怒ってる訳じゃないのかな…


「跡部先輩は、どうして今日ここに来てたんですか??」

「…何か、日吉に教えないといけないことがあるから、って言ってたな…」

「へぇ…日吉に…」

「なぁ、俺待ってるんだけど…早く着替えろよ。」

「へ!?あ…すみません…!!」


宍戸さんにそう言われて、ハッとする。

そういえば、俺まだジャージのままだった…

慌てて自分のロッカーの前に移動しながら、ジャージを脱いでいく。

…でも、途中で俺はピタッと動きを止めた。


「…宍戸さん、俺本当は宍戸さんが帰っちゃったんだと思ってました…だから、宍戸さんがいてくれて嬉しいです。」


普段の宍戸さんだったら、きっと待ってなんてくれなかっただろう。

今日はどんな風の吹き回しなのか分からないけど、俺と一緒に帰ろうとしてくれているのが、ただ嬉しかった。

だから、お礼を言わずにはいられなかったんだ。


「…バーカ、俺は約束をちゃんと守るんだよ。早くしろって。」

「はい。」


宍戸さんは、もうテニス雑誌に視線を向けていたから、こっちを向いて言ってくれなかったけど、俺は、その言葉だけで十分だった。

自然と口元が緩むのを抑えられない。

優しいな、宍戸さんは…






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