月の下に二つの影 5 「宍戸さん、あの…」 俺は何故だかよく分からないけど、その時緊張していたみたいで、喉がカラカラだった。 でも、何も話さないままではいられなかったから、何とか声を絞り出して彼を呼ぶ。 「ん、何だよ。」 宍戸さんは、そんな俺の呼びかけに応えて、振り向いてくれた。 無視されなかったことに、どこかホッとしながら、彼との距離を詰めていく。 別に怒ってる訳じゃないのかな… 「跡部先輩は、どうして今日ここに来てたんですか??」 「…何か、日吉に教えないといけないことがあるから、って言ってたな…」 「へぇ…日吉に…」 「なぁ、俺待ってるんだけど…早く着替えろよ。」 「へ!?あ…すみません…!!」 宍戸さんにそう言われて、ハッとする。 そういえば、俺まだジャージのままだった… 慌てて自分のロッカーの前に移動しながら、ジャージを脱いでいく。 …でも、途中で俺はピタッと動きを止めた。 「…宍戸さん、俺本当は宍戸さんが帰っちゃったんだと思ってました…だから、宍戸さんがいてくれて嬉しいです。」 普段の宍戸さんだったら、きっと待ってなんてくれなかっただろう。 今日はどんな風の吹き回しなのか分からないけど、俺と一緒に帰ろうとしてくれているのが、ただ嬉しかった。 だから、お礼を言わずにはいられなかったんだ。 「…バーカ、俺は約束をちゃんと守るんだよ。早くしろって。」 「はい。」 宍戸さんは、もうテニス雑誌に視線を向けていたから、こっちを向いて言ってくれなかったけど、俺は、その言葉だけで十分だった。 自然と口元が緩むのを抑えられない。 優しいな、宍戸さんは… 前 次 Text | Top |