月の下に二つの影 2 そんな時、彼の唇が言葉を紡ぐ。 ち ょ う た ろ う ──あ、今長太郎って言った。 俺の名前… ……もしかして、呼ばれた?? 「あ、はいっ!!」 考えることに夢中になっていた俺は、宍戸さんに名前を呼ばれたことに気付かず、ハッとする。 慌てて返事をしたせいで、素っ頓狂な声が漏れてしまった。 それに、宍戸さんは一瞬驚いたように目を見開いたけど、すぐに眉をハの字に曲げて笑い出す。 「何て声出してんだよ、激ダサだな。」 「だ、だってびっくりしたんですよぅ…」 声を上げて笑う宍戸さんに、俺は恥ずかしくなって、顔を真っ赤にしながら、抗議した。 そんなに笑わなくても良いのに… ひとしきり彼は笑った後、目の端に溜まった涙を拭いながら、じっと俺を見つめてくる。 突然鋭くなったその眼光に、ドキッとした。 また顔が赤くなったかもしれない… 「それで、お前は何で俺の顔見てたんだよ、何かついてるのか??」 「え、…」 予想外の質問に、一瞬身体が固まった。 まさか、唇を見ていたなんて言える訳が無い。 何とかごまかそうと、視線を泳がせると、宍戸さんの口元にパンクズがついているのが目に入った。 たぶん、今食べてるチーズサンドのやつだろう。 本当に、この人はチーズサンドばっかり食べてるんだから… 内心呆れたように笑いながら、スッと手を伸ばす。 「パンクズがついてますよ、それが気になってたんです。」 どうにか平静を装いながら、親指でそのパンクズを拭った。 さっきまでずっと見ていた宍戸さんの唇のすぐ側。 たったそれだけなのに、何だかいけないことをしているような気になって、すぐに手を引っ込めた。 あまり長い間触っていたら、きっと取り返しのつかないことをしていたから… 「あ…おぅ、さんきゅ。」 宍戸さんは、ポカンと呆けた顔をしていたけど、俺の言葉を聞いて、お礼を言ってくる。 それに、俺はニッコリと微笑み返すと、すぐに自分の弁当へと視線を下ろした。 これ以上彼の顔を見てたら、理性を保っていられない。 とりあえず、俺の考えてることがバレなくて良かった、と胸を撫で下ろしながら、箸を自分の口元へ運んだ。 ドキドキと早鐘を打つ心臓は、まだ治まってくれそうにないけど。 その時、俺は下ばかりを見ていたから、宍戸さんの耳が赤く染まっていたことに気づかなかったんだ… 意識していたのは、自分ばかりでは無かったなんて、俺は知る由も無い。 前 次 Text | Top |