◇いただきもの | ナノ



月の下に二つの影 2

そんな時、彼の唇が言葉を紡ぐ。



ち ょ う た ろ う



──あ、今長太郎って言った。

俺の名前…




……もしかして、呼ばれた??




「あ、はいっ!!」


考えることに夢中になっていた俺は、宍戸さんに名前を呼ばれたことに気付かず、ハッとする。

慌てて返事をしたせいで、素っ頓狂な声が漏れてしまった。

それに、宍戸さんは一瞬驚いたように目を見開いたけど、すぐに眉をハの字に曲げて笑い出す。


「何て声出してんだよ、激ダサだな。」

「だ、だってびっくりしたんですよぅ…」


声を上げて笑う宍戸さんに、俺は恥ずかしくなって、顔を真っ赤にしながら、抗議した。


そんなに笑わなくても良いのに…

ひとしきり彼は笑った後、目の端に溜まった涙を拭いながら、じっと俺を見つめてくる。


突然鋭くなったその眼光に、ドキッとした。

また顔が赤くなったかもしれない…


「それで、お前は何で俺の顔見てたんだよ、何かついてるのか??」

「え、…」


予想外の質問に、一瞬身体が固まった。

まさか、唇を見ていたなんて言える訳が無い。

何とかごまかそうと、視線を泳がせると、宍戸さんの口元にパンクズがついているのが目に入った。

たぶん、今食べてるチーズサンドのやつだろう。

本当に、この人はチーズサンドばっかり食べてるんだから…

内心呆れたように笑いながら、スッと手を伸ばす。


「パンクズがついてますよ、それが気になってたんです。」


どうにか平静を装いながら、親指でそのパンクズを拭った。

さっきまでずっと見ていた宍戸さんの唇のすぐ側。

たったそれだけなのに、何だかいけないことをしているような気になって、すぐに手を引っ込めた。

あまり長い間触っていたら、きっと取り返しのつかないことをしていたから…


「あ…おぅ、さんきゅ。」


宍戸さんは、ポカンと呆けた顔をしていたけど、俺の言葉を聞いて、お礼を言ってくる。

それに、俺はニッコリと微笑み返すと、すぐに自分の弁当へと視線を下ろした。

これ以上彼の顔を見てたら、理性を保っていられない。

とりあえず、俺の考えてることがバレなくて良かった、と胸を撫で下ろしながら、箸を自分の口元へ運んだ。

ドキドキと早鐘を打つ心臓は、まだ治まってくれそうにないけど。




その時、俺は下ばかりを見ていたから、宍戸さんの耳が赤く染まっていたことに気づかなかったんだ…

意識していたのは、自分ばかりでは無かったなんて、俺は知る由も無い。





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