さえずる鶯 「うっわ!自分何してるんっ!?」 信じられない。 なぜそんな身の毛も弥立つ様なことを平気な顔でするのだ。 「はぁ?」 勉強机兼食卓のテーブルに向かい、スプーンをカチャカチャ言わせていたジローが抑揚のない顔で振り返った。 「なにさ、忍足。ただいまも言わないで」 「いや待て待て。ツッコミどこが多すぎてテンパっとるけどもまずそれや。何食うてんの?」 「麻婆豆腐じゃん。昨日の忍足の晩飯の残り処理してんの」 誰もそんなことは頼んでいない。 いつのまにかクリーニング物宅配の合間に、忍足の不在も問わず一人暮らしのアパートに出入りするようになったジローの勝手など初めから許容していたが。 「それ、掛かってる黄色のって……」 「マヨ」 「………」 忍足は今一度、皿を覗いた。 ご飯の上に湯気を立ててとろりと辛そうな色をしている中華料理は、昨夜自分が作った豆腐を切る手間のみのレトルトだ。 独り身にしては多く作り過ぎたかと思ったが、どうせ誰かの口に入るだろうとガス台の上に鍋ごと放置しておいた。 だが翌日大学から帰宅してみるとそれはジローによって奇妙奇天烈なアレンジを施されていた。潔癖症気味の忍足からしてみれば残飯等しいものと化している。 もったいないことをした、と食べ物を粗末にした己を猛反省した。 「あかん……ジロちゃん、興味本位でそんなことしたらあかんちゅーに」 忍足は少し眉を寄せてジローをたしなめた。 マヨネーズは全体に万遍なく細い格子を描いている。 どう足掻こうとそれも一緒に口にしなければならない。 「あれ?」 ジローはきょとんとした表情になりスプーンを動かす手を止めた。 「忍足、これ見るの初めてだっけ。俺たまにするよ。マーボにマヨぶっかけんの。マジうめーよ」 ジローはにっこり笑って「一口どう?」などと問うてくる。 忍足は力なくかぶりを振った。 「ジローこんなん食うんや……有り得ん」 「あはは。これから知って行けばいいし」 「まだ驚愕の事実が眠ってそうやな。怖いわ」 「慣れるよ。つうか、もうだいぶ慣れたでしょ」 「はぁ。どこからおかしなことになったんやろ」 もう突拍子の無い行動に何処に疑問を感じていれば良いのか判断つかなくなってきた。 あ、ご飯冷てえや。ま、いいか。いただきまーす。 一人途方に暮れる忍足などはもう意識の外に、ジローは温かなそれを掬った。 End. 前 Text | Top |