By ストロベリーショートケーキ 24日、25日は稼ぎ時やねん。構ってられへんからちゅうか、おらんから。うち来んでよ。……ジローも女の子とでも遊んできたらええやん。ほなな。 さっさと切ってしまった後に残った、何とも言えぬ罪悪感。 少し素っ気なさすぎただろうか……いや、そんなことを考えていても仕方ない。 事実は事実。 本当に大忙しなのだ。 バイト先である個人経営のレストランのディナー予約は満員御礼。人手不足はいつものことで、こと恋人達の祭典であるクリスマスと来たらそれはもう。 オーナーに命令されて仕方なく被った赤い帽子も、あまりの多忙さに恥ずかしい気持ちも消え、その存在は空気と化した。 「いらっしゃいませ」 貼りついた笑顔で、浮足立っているカップル一組様を迎えた。 「予約した中原です」 「はい、中原様ですね。ではお席へご案内いたします」 慣れた手順で男性に対応していると、ふとその男性の腕にまとわりついた女性がじっと自分を見つめていることに気がついた。 あ……。 驚きをつい声に出してしまいそうになった。 女性はさっきまでは不躾に視線を送っていたくせに、忍足と目が合うとサッと顔を背けてしまう。 それに合わせて忍足も止まっていた行動を再開した。 何もなかったかのように。 窓側の特等席へ案内する間、背中に痛いほどの視線を感じた。 それもそうだろう。まさか数か月前に別れた恋人とばったり鉢合わせるなんて、誰にも予測できないことだ。 どうしてこんなところにいるのかしら。 まさかあなたがクリスマスの夜にアルバイトをしているなんて。 その似合わない帽子は強制なの? などなど、様々なことを思い巡らせているのだろう。 まぁ、自分はいつも通りのポーカーフェイスで受け流しているが。 「こちらのお席になります。どうぞ」 女性に椅子を引いてやると、ぎこちなくも彼女は促されるまま腰を下ろした。 「ではお飲物をお持ちしますので、少々お待ち下さいませ」 『本当に愛していないのなら、今日で最後にして欲しいの』 言われた時はすぐに声が出なかった。 彼女は年上でしっかりと自分を持った人。 けれどどこか子供らしくていつも表情はにこやかだった。 そんな彼女の口から重い別れの言葉が紡がれるとは思いもよらなかった。 そして、 「わかった」 なんてすぐに言ってしまう自分にも驚いて、それから辟易した。 いつもなら「どうしたん?愛してるに決まってるやん」などと言えたはずなのに。 彼女の瞳の真剣さに、敏感に気付いてしまった。 ――あなたの心には、他に誰かがいるんでしょう? 真っ直ぐに問いかけられている。 自分が曖昧にしてきた問題を、彼女はどこか悟っている。 そう思ったらまた憂鬱になって、それを振り切って茶化すことも出来なかった。 ――わかった。 それ以外の言葉を知らないかのように。 終わりの言葉が静かに零れ落ちた。 そのテーブルだけを接客しているわけではない。 メニューの品を運ぶ度にかすかに不穏な空気が流れてしまったが、こちらは仕事中。 大忙しでホールを行ったり来たりしているうちに二人は店を出てしまったようだった。 ◇ 仕事は怒涛のように終了して、忍足はようやく自宅アパートの玄関へとたどり着いた。 疲労して冷え切った身体に追い打ちをかけるような寒い部屋。 首を竦めて居間の電気を点けると、こたつのスイッチに延ばされかけた手が急停止した。 「……なんや、これ」 こたつの上に赤いタータンチェックのケーキボックス。金色のリボンが結ばれている。 すぐそばに添えられた紙を見ると一言メモが綴られていた。 忍足は外気と部屋とのわずかな温度差にも曇り始めた眼鏡をはずすと、それにゆっくりと目を通し始めた。 『言われた通りに遊んで来たよ。 お料理教室だったけどねー。 ほんじゃ、メリークリスマス! Byストロベリーショートケーキ』 そして隅には赤ペンで落書きみたいなキスマークが記されていた。 忍足は凍えるほど冷えた部屋を暖めることも忘れ、こたつ前に座りしげしげとそれを眺めた。 「”ストロベリーショートケーキより”?どういうこっちゃ」 とりあえず箱を開けると中にはやっぱりストロベリーショートケーキが入っていた。 「……おお〜」 意外にも美味しそうな見た目。赤と白の器用なデコレーションセンスに思わず感心した。 けども。 ……いやいや。 すべて端的過ぎる。 だが忍足は一つずつ消化し、さらりと解読していった。 まずは遊んで来た女の子とは誰か。 おそらくジローの妹。 大方、彼氏にクリスマスケーキを作ろうと奮闘しているところに乱入したのだろう。忍足に誘いを断られた腹いせもあったかもしれない。 そして奇妙な宛名書き”Byストロベリーショートケーキ”。 「あいつアホやなぁ〜。英語も苦手なんかな」 『中身はいちごショートだよ』とでも教えたかったのだろう。 だけれどこれじゃあ謎の怪盗だ。 一体、頭の中はどうなっているんだろう。 いつまで経っても考えていることが理解できない。 そこまで考えて、忍足は小さく笑った。 あとは、最後のキスマークだが。 メモ用紙もシャーペンも、赤く縁取られた唇の色も、すべて忍足の部屋から拝借されたものだった。 「俺の部屋、熟知しとるし」 ハァ、と溜め息をついた。 なんだか急に弱音を吐きたい気持ちになった。 別に耐えきれないほど辛いことなんて、今の自分にはないはずなのに。 こんな思いに駆られるなら、遊んでやるのは無理だけれど、次の約束でも仄めかしてやればよかった。 たったそれだけのことでも大いに喜んでくれると知っていたのに。 ごめんなぁ、ジロー。 また今度な? 頭に浮かんでいた台詞があったのに。 しょうがねぇな。 次、忍足なんか奢れよー。 そんな横暴な言葉も予測出来たのに。 「ごめんな」 歪んだキスマークに、冷え切った唇をそっと寄せた。 End. 前 次 Text | Top |