◇他CP | ナノ



4.5時間目の僕ら 1

薄暗い階段を登り切る。
重い鉄の扉を開け放つと、一斉に青い光が飛び込んできた。




「侑士!こっちこっち」

呼ばれて振り向くと、日当たりの良い一角で友人達がぐるりと輪になりお弁当を広げている。
普段はサロンで昼食を済ませている跡部まで。隣に座る樺地の膝には、昼食もとっくに食べ終わったらしいジローが正体なく眠っていた。

「遅かったんだね、忍足。みんなほとんど食べ終わってるよ」

滝に手招きされ、宍戸と滝の間に腰掛けると、なるほど、春の陽気に暖められたコンクリートは確かに心地よい。

「図書室に用事あって」
「その本借りて来たんだ?昨日は別の本を持ってたのに」
「あれはもう読み終わったから。これは今日の帰りに電車の中で読もうと思ってな」
「へえ。熱心だね」

滝独特の柔らかい笑みが浮かぶ。
一言だったけれど、なんだか過大評価された気分になり、忍足は小さく苦笑いした。

「……好きなモンはな」

汚さないように本を自分の後ろに置き、弁当を包んだハンカチを広げる。
さあ食べようというとき、滝の隣から向日がひょっこり顔を出してきた。

「来んの遅せーよ、侑士。テニスしようかと思ってたのに」
「元気やなぁ。数時間後にみっちり部活あんねんで?」
「関係ねぇよ。今飛びたい気分なんだ」
「学校中で一番お天道様に近いとこおるやん」

忍足がそう言うと、向日は呆れた目をする。

「たく、怠け者なんだから。侑士は常に元気が足りねえな」
「すまん。俺ってアンニュイな子やから」
「陰気なだけだろ。まあいいよ、宍戸誘うから」
「おい。聞いてねぇんだけど」

突然話を振られた宍戸が、地声である不機嫌そうな声を出して向日を睨んだ。
風に吹かれる長い髪をかきあげ、不満なのか満更でもないのか微妙な表情をする。

「いーじゃん。シングルスやろうぜ。なぁ」
「………仕方ねえ。弁当食ってからだ」

すぐ折れた宍戸に向日はにい、と笑う。

「ホントは俺と侑士とジローと宍戸でダブルスやりたかったんだけど」
「あ」

その言葉に何か気が付いたらしい宍戸が、齧りかけていたサンドイッチを口から離し、樺地の膝を見て溜息を零した。

「ジロー教室に連れて帰んねぇと」
「……ああ」

忍足も宍戸の視線の先を見た。
ジローはなにも知らず暢気に寝息を立てている。
どこでも寝てしまう宍戸のクラスメイトは、このまま放っておけば放課後まで屋上に突っ伏しているだろう。

「樺地に頼めば?」
「おい、向日。俺様の断りもなく何言ってやがる」
「樺地はおまえのかよ」
「少なくともてめぇのじゃねえよ、宍戸」

気の短い二人が言い合いをしているうちに、向日が要領良く跡部の隙をつく。

「ちょっと運んでもらうだけ。なぁ、いいだろ?樺地」
「ウス」
「樺地」

跡部が瞠目して振り返ったところで、滝がとうとう笑い出した。

「いいよ。俺が起こしておく。隣のクラスのよしみでね」
「いいのか?」
「うん。もう少しここにいるから」
「悪いな……起きりゃいいんだけど。この野郎」
「いいから行って来いよ。時間なくなるよ」
「そしたら頼むよ滝。おまえもたまには付き合えよな」
「今度ね」

宍戸がパンの最後の一切れを口に放り込み、立ち上がる。

「起きなかったら鼻摘まんでやればいいから」
「ああ。分かったよ」
「それじゃまた放課後な」

宍戸と向日はじゃれ合いながら屋上から出て行った。

「あっちゅう間にいなくなったわ」

二人に圧倒されて、忍足はやれやれといった心地だった。

「たまには屋上でのんびりジローを待つのもいいね」
「萩之介、あんまり甘やかすとつけあがるぜ」
「でも、なんかそうしちゃうんだよね。あの三人はさ」

跡部が率先してジローを甘やかしているのは周知の事実。同意を求めるような言い方をして、滝はリラックスしたようにお茶を一口飲む。

「フン」

跡部はそれ以外何も答えなかったが、その声は忍足にも心なしか認めたように聞こえた。

「さて。俺達も行くか」
「ウス」

樺地は膝で眠る先輩をそっとコンクリートに横たえると跡部に続いて立ち上がる。
それでもジローは規則的な寝息を吐いて、起きる気配はない。熟睡を知らせるように、金色の髪がふわふわと風になびくだけ。

「みんな早いな。昼休みくらいゆっくりせんの?」
「おまえが遅い、忍足。俺達は忙しいんだよ」
「跡部はいつも忙しいね」
「忙しいって、中学生が。もう少しのんびりすればええやんか」

忍足はメンバー内でゆとりあるいは怠惰の象徴であるジローを何気なく見やった。

「おまえまでねぼすけに感化されてんじゃねえ」
「忍足も寝ちゃったら俺が起こしておくよ」
「滝に言われてしまったわ」

跡部はまた皮肉っぽく笑い、樺地を引き連れて颯爽と歩き出す。

「起きたらそこのジャンクフードを食わせておけ。こいつ何も食ってねえからよ」

帝王と僕のような二人組はそう言い残して出て行き、校舎へ通じる鉄の扉が軋んだ音を立てて閉まった。
忍足が腕時計を見れば、もう昼休みも半分過ぎている。

「ジロー、なんも食ってないんか」
「ああ、そういえばここ来てすぐに寝てたかも……。いつもはちゃんと食べてるのに、そんなに眠たかったのかな」

すると、まるで自分の噂に反応したようなタイミングでジローがもぞもぞと動いた。
起きたのかと思えば、枕を失くした頭を庇って後ろ手に腕を組むと、また新たな寝息を立て始める。
ズボンのポケットから覗く菓子の箱がくしゃりと潰れていた。

「全然起きないなぁ」
「ほんまに」

急ぎの用事のない二人は仕方ないと諦めた。
忍足が弁当を食べる横で、滝が忍足の借りてきた本をパラパラと捲り始める。
麗らかな天気と心地良さそうに眠るジローは、二人を大らかな気分にさせた。

「授業中頑張って起きてたんやろか」
「さあ、知らないけど。部活は元気に参加してくれそうだ」

部活。日々の喧騒から遠いこの場所でつかの間の夢を見ていた忍足は瞬時に現実を思い出した。

「部活か……。そんなんサボってどっか行きたいわ」

もちろんそれが許されるわけもなく、忍足自身も許せることではない。
ただ、そんな気分の日もある。

「サボってもいいよ?そのあいだにダブルス1いただくからさ」
「そないなったら岳人に殺されるわ。サボりはなしやな」
「ははは。ま、油断禁物さ。鳳も伸びてきてるからね……と、ごめん。メールだ」
「おう」

忍足は再び弁当を食べようとしたが、なんだか食欲が失せている。
まだ中身は残っているのに箸が止まってしまった。
するとメールを読んだらしい滝が「いけない」と頭に手をやった。

「委員会で急遽集合だって」

滝は少し大袈裟に溜息を吐き、携帯をブレザーのポケットにしまう。

「悪いけどジロー頼んでもいい?」
「ええよ」
「ごめん。なんだかドタバタするんだよなぁ、この委員会。選択間違ったかも」

申し訳なさそうにする滝に「気にするな、はよ行き」と見送ると、彼はもう一度謝り「よろしく」と言って他の友が吸い込まれていった扉の向こうに続いた。





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