◇会話文 | ナノ



だっこ!

「さーあ、どっち?」

忍足がにっこりと微笑んだ。

「だ、だだだっこで!あ、安定感ありますしっ」

鳳は震える声で進言した。
どうも顔が赤い。

「そうか?おんぶの方が、」
「よっしゃ、決まりやでぇ。鳳がいっちゃん大変やからな、言うとおりにしましょか〜。さぁ取りに行ってや、宍戸、鳳!」

忍足はうざったらしく人差し指を目標の木に向け、腰に手を当ててポーズを決めた。
鳳は両手に握りこぶしを作り鼻息荒く返事した。

「任せて下さい!」

こうして宍戸の提案は無視され、伊達眼鏡と長身の後輩によって「だっこ案」に可決された。
そもそもボールを高い木の上に飛ばしてしまったのは忍足だというのに「宍戸の方が俺より軽いやろ」とか言われて。
どうして、俺と長太郎が。
宍戸はそんな不満を抱いたが、ちょっと後輩に担がれてボールを取るだけだったのでさして気にはしなかった。


ボールは枝と枝との間に挟まり、とりあえず揺すってみたが落ちて来そうもなかった。
宍戸は諦め、鳳の方に向き直った。

「長太郎。ん」

だっこしろ、というふうに両手を広げてみせる。

「……」

さっきの気合いはどうしたというのか、見上げた鳳は無言で立ち尽くしていた。

「長太郎?」
「トリ、だっこやて」
「……っあ、はい!」

慌てて鳳も同じように両手を広げると、その胸に宍戸を迎えた。

「……おい、もう少し下持ってくれよ。届かねぇだろ」

鳳は宍戸の脇に手を差し込んだので、持ち上げたとしても大した高さになりそうになかった。

「あ、すみません」
「腰か、脚やろ」
「だな。長太郎、おまえ不器用だなぁ」
「すすすみません!腰か脚だなんてっ」

気合の入れ過ぎで鳳は言動がおかしくなっていると宍戸は思った。
しかし鳳はプレッシャーに弱いので、うまく出来るまで何も言わずに見守ってやろう、とも宍戸は思った。

「もう一回」
「はい」
「頑張って宍戸の足腰支えや、鳳」
「い、行きますよ、宍戸さん」
「おう」

鳳は宍戸の脚の付け根に腕を回すとぐいと勢いよく持ち上げた。

「上手くいったな」
「そのまんまこっちや。この辺の枝にあるから」
「は、はい」

宍戸は歩き出す鳳から落ちないよう、銀髪の頭を抱きしめてバランスをとった。
その途端、鳳が叫んだ。

「わ!ししどさん!!」
「ん?あ、悪い。前見えねーか」

宍戸は腕の力を緩めて鳳の顔を覗いた。

「あ……そ、そうっすよ!見えないです、前が!」
「トリ〜。少し落ち着けなー」
「分かってますってば!」
「ごめん、長太郎。慎重に行けな?どうせ忍足が飛ばしたボールだ。大したことじゃねぇしさ」
「は、はい。ありがとうございます。分かりました、宍戸さん」
「なんやの、おまえら」



「あった」
「お。それや」
「届きそうですか?」

目的の枝の下へと来て、ボールの位置も確認。
あとは宍戸が手を伸ばすのみとなった。

「んー、もうちょい」

宍戸はえいと体を伸ばした。

「あ、しし、どさ……」
「あ?」
「腹見えとんで」
「つっても届かねえし。細かいこと気にすんな」
「いや、そうやけどな。トリがな、」
「うっせぇな。あと少しなんだよ」
「……」
「お〜い。鳳くーん」
「――よし!とったぜ!」
「神のお助けや……」
「宍戸様の、だろ?長太郎、降ろしてくれ」
「は、い」



「ありがとうな〜、お二人さん。跡部に怒られずに済んだわ」

忍足はにっこりして、協力してくれた鳳と宍戸に感謝した。鳳は下を向き無言だったが、宍戸はボールを取れたことが嬉しかったのか満足気だ。

「これからは気をつけろよ」
「おう」
「あ」

その時、鳳がようやく顔を上げた。

「宍戸さん!お腹怪我してますよ!!」
「え」
「ほら、ポロシャツに血が!」

宍戸がポロシャツを見ると、そこには一点、血が滲んでいた。

「……」
「……」
「ね?今、救急箱持ってきますからここで待っててください!」
「……長太郎、おまえ……なんてバカなんだ……」
「え?」
「鳳……」
「えぇっ?なんです?」

鳳は先輩二人に憐れみの眼差しを向けられた。

「っんあぁ、あかん!俺が悪かったんや!救急箱は俺が持ってきたるから、鳳はここで宍戸にアフターケアしてもらっとき!!ほな!」

そうまくし立てると忍足は駆け足で部室へ行ってしまった。

「俺は怪我してねーから少し休んどけ。ついてるから」
「え?あ、ハイ。なんかやさしいですね、宍戸さん」
「おう。俺はいっつも優しいだろ」
「はい。へへ」

その後、鳳は鼻に脱脂綿を詰め、事なきを得た。




End.





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