だっこ! 「さーあ、どっち?」 忍足がにっこりと微笑んだ。 「だ、だだだっこで!あ、安定感ありますしっ」 鳳は震える声で進言した。 どうも顔が赤い。 「そうか?おんぶの方が、」 「よっしゃ、決まりやでぇ。鳳がいっちゃん大変やからな、言うとおりにしましょか〜。さぁ取りに行ってや、宍戸、鳳!」 忍足はうざったらしく人差し指を目標の木に向け、腰に手を当ててポーズを決めた。 鳳は両手に握りこぶしを作り鼻息荒く返事した。 「任せて下さい!」 こうして宍戸の提案は無視され、伊達眼鏡と長身の後輩によって「だっこ案」に可決された。 そもそもボールを高い木の上に飛ばしてしまったのは忍足だというのに「宍戸の方が俺より軽いやろ」とか言われて。 どうして、俺と長太郎が。 宍戸はそんな不満を抱いたが、ちょっと後輩に担がれてボールを取るだけだったのでさして気にはしなかった。 ボールは枝と枝との間に挟まり、とりあえず揺すってみたが落ちて来そうもなかった。 宍戸は諦め、鳳の方に向き直った。 「長太郎。ん」 だっこしろ、というふうに両手を広げてみせる。 「……」 さっきの気合いはどうしたというのか、見上げた鳳は無言で立ち尽くしていた。 「長太郎?」 「トリ、だっこやて」 「……っあ、はい!」 慌てて鳳も同じように両手を広げると、その胸に宍戸を迎えた。 「……おい、もう少し下持ってくれよ。届かねぇだろ」 鳳は宍戸の脇に手を差し込んだので、持ち上げたとしても大した高さになりそうになかった。 「あ、すみません」 「腰か、脚やろ」 「だな。長太郎、おまえ不器用だなぁ」 「すすすみません!腰か脚だなんてっ」 気合の入れ過ぎで鳳は言動がおかしくなっていると宍戸は思った。 しかし鳳はプレッシャーに弱いので、うまく出来るまで何も言わずに見守ってやろう、とも宍戸は思った。 「もう一回」 「はい」 「頑張って宍戸の足腰支えや、鳳」 「い、行きますよ、宍戸さん」 「おう」 鳳は宍戸の脚の付け根に腕を回すとぐいと勢いよく持ち上げた。 「上手くいったな」 「そのまんまこっちや。この辺の枝にあるから」 「は、はい」 宍戸は歩き出す鳳から落ちないよう、銀髪の頭を抱きしめてバランスをとった。 その途端、鳳が叫んだ。 「わ!ししどさん!!」 「ん?あ、悪い。前見えねーか」 宍戸は腕の力を緩めて鳳の顔を覗いた。 「あ……そ、そうっすよ!見えないです、前が!」 「トリ〜。少し落ち着けなー」 「分かってますってば!」 「ごめん、長太郎。慎重に行けな?どうせ忍足が飛ばしたボールだ。大したことじゃねぇしさ」 「は、はい。ありがとうございます。分かりました、宍戸さん」 「なんやの、おまえら」 「あった」 「お。それや」 「届きそうですか?」 目的の枝の下へと来て、ボールの位置も確認。 あとは宍戸が手を伸ばすのみとなった。 「んー、もうちょい」 宍戸はえいと体を伸ばした。 「あ、しし、どさ……」 「あ?」 「腹見えとんで」 「つっても届かねえし。細かいこと気にすんな」 「いや、そうやけどな。トリがな、」 「うっせぇな。あと少しなんだよ」 「……」 「お〜い。鳳くーん」 「――よし!とったぜ!」 「神のお助けや……」 「宍戸様の、だろ?長太郎、降ろしてくれ」 「は、い」 「ありがとうな〜、お二人さん。跡部に怒られずに済んだわ」 忍足はにっこりして、協力してくれた鳳と宍戸に感謝した。鳳は下を向き無言だったが、宍戸はボールを取れたことが嬉しかったのか満足気だ。 「これからは気をつけろよ」 「おう」 「あ」 その時、鳳がようやく顔を上げた。 「宍戸さん!お腹怪我してますよ!!」 「え」 「ほら、ポロシャツに血が!」 宍戸がポロシャツを見ると、そこには一点、血が滲んでいた。 「……」 「……」 「ね?今、救急箱持ってきますからここで待っててください!」 「……長太郎、おまえ……なんてバカなんだ……」 「え?」 「鳳……」 「えぇっ?なんです?」 鳳は先輩二人に憐れみの眼差しを向けられた。 「っんあぁ、あかん!俺が悪かったんや!救急箱は俺が持ってきたるから、鳳はここで宍戸にアフターケアしてもらっとき!!ほな!」 そうまくし立てると忍足は駆け足で部室へ行ってしまった。 「俺は怪我してねーから少し休んどけ。ついてるから」 「え?あ、ハイ。なんかやさしいですね、宍戸さん」 「おう。俺はいっつも優しいだろ」 「はい。へへ」 その後、鳳は鼻に脱脂綿を詰め、事なきを得た。 End. 前 Text | Top |